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猫の部屋飼い(1)

「あしゅら男爵」って誰よ。こんなに可愛いのに失礼ねえ。
「あしゅら男爵」って誰よ。こんなに可愛いのに失礼ねえ。

 わが家には「姫」が二人いる。一人は雅恵で、もう一人は三毛猫のミミ。今年の秋でもうすぐ14歳におなりあそばされるので、押しも押されもせぬ熟女(老女か?)である。動物愛護センターでもらってきたから、出自は正真正銘「血統書付きの野良」というところ。

 当時、愛護センターでは「子猫を差しあげる会」が月1回開催されていて、予約してこれに参加すると「猫の飼い方講座」なるものを最初に聞かされて、その後で子猫をもらえた。もの心ついたころからわが家にはほとんど常に猫がいたので、いまさら「猫の飼い方…」でもないだろうと思いきや、そうではなかった。そこでは「猫は必ず部屋飼いにしてください」という説明があり、「それを守ってくださる方に子猫を差しあげます」という趣旨だった。

 世の中には猫を嫌いな人もいる。猫は放し飼いにすれば必ず近所で悪さをしてくる。「うちの子に限って」ということは普通絶対あり得ないのであって、いくらトイレのしつけが良くてもそれは家の中でのこと。外ではよそ様の庭で平気でウンチを垂れてくる。自分ちの庭でよその猫に糞をされて「こん畜生!」と思うのなら、自分とこの猫を放し飼いにするな、という話である。―― 御説ごもっとも。これまでの自分が間違っていた。という訳で、ミミは最初からずっと部屋飼いにしている。

 初めのころは外へ出たがることも多かったが、ひたすら無視し続けた。敵もさるものひっかくもので、猫のほうも知恵を絞り人間の隙をついて脱走を企てたりした。猫は一度美味しいものを食べたりいい思いをすると、すぐに味をしめてどんどんエスカレートする。だから一度脱走するとしばらくは外に出たがって始末に負えなくなる。しかし、そこは心を鬼にして無視し続けると、やがて忘れて元の猫に戻る。

 食べる物にしても同じことで、だからミミには初めからカリカリしか与えていない。生後2か月ほどでわが家に来て以来、他の食べ物は一切口にしたことがないので、魚の味など知る由もない。そのため台所で魚を焼いていても、うんともすんとも全く無反応である。これを「不敏」と思うかどうかは人間の勝手であって、猫に聞いたことはないけれど、猫の方は間違いなく何とも思っていない。

猫は高い所が好き。
猫は高い所が好き。

 猫は高い所へ上がる習性があるので、高い所へ上がることを制限しては可愛そうだ。しかし、テーブルとキッチンにだけは上げないように厳しくしつけた。

 人間が食事中に膝に来る。しばらくして、テーブルの上のものが気になったか鼻をクンクンさせながらそっと前足をテーブルの端にかけたその瞬間、間髪を入れずテーブルをバシッ!と叩く。驚いて逃げる。これを何度も繰り返すうちに、テーブルに上がろうとは一切しなくなる。間髪を入れずに叩くことと、逃げた後の猫に干渉しないこと。これによって、バシッ!のインパクトが強まる。キッチンについても同じことだ。

 わが家はミミが来てからこの14年の間に家を建て替えている。前の家は親が建てた家で、昭和の時代の台所はステンレス製の流し台。それが新しい家では今どきの人工大理石のカウンターキッチンになった。似ても似つかぬ全然違う代物だが、猫はちゃんと分かっていて大理石のキッチンにも一切上がろうとしない。

 よく、犬と猫の違いについて語られることがある。元々犬は群れで暮らす動物なのでリーダーに従う習性がある。しっかりしつければ飼い主=リーダーであり、飼い主の言う事をよく聞く賢い犬になる。一方、猫は元来単独で暮らす動物なので、リーダーに従うことはない。そのため飼い主に従順になることはなく、甘えたいときだけ得意の猫なで声ですり寄ってくるが、用が済めばプイッと行ってしまう。この気位が高くてこびないところが猫の良さだと言う人がいて、だから猫は可愛くないと言う人がいる。

 しかし、よく言われるこの犬と猫の違いは、半分は本当で半分は本当でないと思う。それというのも、ミミを部屋飼いにして初めて気づいた。

 これまでわが家で飼った猫はどの猫も、子猫のころあんなに好きで夢中になって遊んだ「猫じゃらし」に、あるとき急に関心を示さなくなった。人間が今までどおり遊んでやろうとしても「ふん、何だよそれ。猫をバカにすんなよ」みたいな態度をとるようになる。猫が成長して精神的に人間から自立し、猫が猫になった瞬間である。

 ところが、部屋飼いにすると猫はいつまで経っても本能が目覚めず、大人の猫になりきらない。精神的な成長が途中で止まってしまうらしい。ミミはもうすぐ14歳にして、未だに玩具(おもちゃ)で遊んで遊んでとせがむ。親離れしていない人間の幼児と同じである。

 人間の子どもも幼少期は親への依存心が強く親にべったり甘えているが、やがて成長して反抗期を迎え、親とぶつかるようになる。大人になって親から自立し親元を離れていくために、人間の遺伝子にビルトインされた自動自立装置である。猫を部屋飼いにして外の世界に触れさせないと、親代わりの飼い主から自立しようとする自動自立装置がいつまで経っても働かない。

 こうして考えると、よく言われる犬と猫の違いは、半分は本質的な習性の違いだけれど、残りの半分は飼い方の違いによるもののように思われる。

 かくしてミミは子猫のままおばあさん猫となり、そして子猫のまま、あの世へと旅立っていくのだろう。

 

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コメント: 1
  • #1

    徘徊老人 (月曜日, 14 9月 2015 10:40)

    ご無沙汰しています
    猫を飼ってらっしゃるのですネ。
    我が家にも2匹いました。でも 現在は1匹です。
    3月末頃に リンパ腫で具合が悪くなり、1ヵ月・・でも3ヵ月は持たせたいなー。という診断でした。長期のギフ採集を遅らせて、遅らせて 4月末に長期間の採集
    旅行に出発し、死に目に会いたくなかったので、途中1度も帰宅せず、6月に帰宅しましたところ、やせてはいましたが、ボクの前でコロコロと転げて機嫌が良く、もうしばらく大丈夫かな。と思っていたのですが、帰宅した その日の夜中に亡くなりました。今でも 朝起きると 布団の隅で転がっているような気がする時があります。