■ 第8位 「ビルマの竪琴」にならないために

 エア・オンリーで海外へ行くとき、必ず帰りの航空券のリコンファーム、すなわち予約再確認をしておく必要がある。これを怠ると、ちゃんと航空券を持っているのに知らぬ間にキャンセル扱いにされていて、乗せてもらえない事態もありうる。リコンファームでは何度か失敗をやっているが、この時は最も初歩的な失敗だった。

 

 タイのチェン・マイへ初めて行ったときのこと。顔ぶれは私のほかH氏と、私の大学の同級生のT君(虫屋ではない)の3人。海外は私が2回目、あとの2人は初めてという、まさに数だけが頼みの「行きゃあ何とかなる」式の体当たり旅行だった。

 リコンファームは普通、航空会社のオフィスへ電話すればこと足りるのだが、なんてったって英語で電話のできる気の利いたヤツなんて3人の中にいるわけがない。そこで、旅行社の人から教わった、

「とにかく、航空会社のオフィスへ直接行って、航空券とパスポートを出して『リコンファーム プリーズ』これが一番確実です」

この言葉だけをひたすら信じ、最初の日に、まずはともかく勇んでバンコックのエジプト航空(貧乏学生御用達の格安航空会社)のオフィスへ行った。ここで3人は、早くもぼー然と立ちつくしてしまう。オフィスのシャッターが閉まっているのだ。そうだ、今日は日曜日だった! ― こんなことにも気付かない愚かな3人だった。これから先が思いやられる。

 しかし、たかがこんな程度の失敗が、実は重大な意味を持っていた。今夜、我々は夜行バスでチェン・マイへと向かう。チェン・マイへ行ってしまったら、エジプト航空のオフィスなんてあるわけないのだ。せめてタイ航空にしておけばよかったと、後悔しても後の祭りだ。

 

 チェン・マイに着いてからは、しばらくはリコンファームの事などすっかり忘れて採集に興じた。3月のチェン・マイはベストシーズンで、うなるほど蝶がいた。2人は夢中になって採集し、T君は観光、夜は3人合流して飲んで食って騒いで楽しいばかりで、毎日が夢のようだった。

 しかし、龍宮城から帰る日は、すぐに近づいてきた。

「3月は特に安いフライトは学生さんで混み合いますから、必ずリコンファームはしておいて下さい。でないと帰れなくなりますよ」

旅行社の人からそう聞かされていた。そうだ、このままでは帰れなくなるんだ。

 

 チェン・マイの町には、沢山の托鉢僧がいた。独特のオレンジ色の袈裟を着て、手に器を携えて家々を回る。私は「ビルマの竪琴」を思い出していた。自分もあんな風にオレンジ色の袈裟を着て、肩にはキシタアゲハをとまらせて…。

 その朝、私は意を決してT君に言った。

「お前、一緒に日本へ帰りたいだろう?」

「当たり前でしょう」

「それなら悪いが、今日のうちに3人分のリコンファームをやっといてくれ。バンコックのオフィスへ電話すれば済むだろう」

「何でそんなに自分勝手なの?」

「俺たちは昼間はジャングルなんだ。電話できるのはお前しかいないだろう」

「そりゃ、あんまりだ」

「いいか、よく聞け。俺たち2人はここが気に入った。別に帰れなければ帰れないで、それでもいいと思ってるんだ。でもお前は一緒に帰りたいんだろう?」

「…」

 

 可愛そうに、こうして脅迫されたT君は、その日のうちに3人分のリコンファームをやってのけた。人間やればできる。それにしてもつくづく、持つべきものは良き友だと思った。そう、断じて悪い友ではない。