夜行バス利用のスゝメ -島根ギフ採集記-


 この記事は、BUG №64(2006年2月12日)に掲載されたものを、一部加筆修正してアップしたものです。

(追記)

 軽井沢スキーバス転落事故を機に、国の規制緩和による過当競争と運転手の過酷な労働実態が問題となっている中、「夜行バス利用のスゝメ」とはいかにも能天気ではないか、よっぽど削除しようかとも考えた。しかし、あらためて読み返すと中身は単なるギフチョウ採集記なので、このまま掲載したうえで、夜行バス利用云々に関しては読み手の皆様の賢明なる自己判断に委ねることといたします。

(2016年1月24日)


■ はじめに

 最近の採集はマイカー利用と相場は決まっている。昔のように夜行電車やバスを乗り継いで採集に行くことなど、今では思いもつかない。ところが昨シーズン、私はひょんなことから夜行バスを利用して島根へギフチョウを採りに行くことになった。しかも着いたその日の夜のバスで帰ってくる「両夜行日帰り」というハードスケジュールなのだが、それがどうして、やってみると快適そのもので超ラクチン。目からウロコの思いだった。

 こんな楽しいことを黙っていては申し訳ないという思いから、楽しく快適な夜行バス採集の一部始終をここに紹介することにする。ただし念のため、私はバス会社から一切の不当な報酬も便宜の供与も、もちろん賄賂も受け取っておりませんので、誤解なきよう。

 

■ 島根か備後か、それが問題だ

 ことの発端は、BUG №52に掲載されている成山嘉二氏の島根ギフの報文を読み返していて、島根へ行きたくなったことに始まる。成山氏は大阪から夜行バスを利用し、現地では友人の車で案内してもらい、その日の夜のバスで日帰りで帰っている。基本的に日曜日しか休みのない成山氏ならではの行程で、夜行バスで朝帰りしたその日は仕事をしているに違いない。

「タフやなー。ようやるわ、こんなこと」

報文を読んだときの率直な感想である。この時点では自分が真似しようなどとは思いもよらなかった。当然、マイカーで12日で行くことを前提に島根行きを画策した。

 ところで、一口に島根と言っても鳥取県寄りと山口県寄りではかなりの違いだが、とりあえず島根ラベルを狙うだけなら成山氏が行った松江地方が近くて、そのうえ記録もまずまず出ている。しかし、近いといっても名古屋からだとざっと500kmほどある。しかも松江地方のギフの適期は海に近いせいか意外に早く、通常で4月上旬、最近は温暖化で3月末に採れている例が多い。年度変わりのこの時期、仕事が超多忙=超寝不足の私が500kmの行程を走破できるとはとても思えなかった。

 いろいろ物色したあげく、結局、島根行きはあきらめ、ターゲットを備後に変えることにした。備後は思ったよりも近く、名古屋からだと420kmほどだ。大差ないと言えばそれまでだが、気分的なもので、これなら何とか辿り着けそうな気がした。

 ところがである。いよいよ待ちに待った備後行きが間近に迫ったころ、どうにも季節的に微妙にフライングのような気がして迷いが生じた。備後は元々かなり厳しいと聞いており、ただでさえ少ないところへフライング気味ではますます厳しい。そのうえ天気予報が思わしくない。土曜日は思いっきり晴れなのに、日曜日が雨ときた。

 最後はこの天気予報が決め手となり、私は決断した。無理して備後へ行ってフライングを犯すよりも、どうせ土曜日1日しかないのだから両夜行日帰りで島根へ行こう。島根なら時期的に無難だし、日曜日は雨ということなので、朝帰ってきて一日中家で寝ていれば良い。急に決めたのであたふたと支度を整え、前夜には慣れないインターネットで悪戦苦闘しながらバスの切符を押えた。

 

■ いざ、島根へ

 4月8日(金)。この日ばかりは残業もそこそこに、そそくさと仕事を切り上げて帰宅。軽い食事をかき込んで名古屋駅へ向かう。駅で「缶入り リザーブ水割り」とつまみを買い込んで準備完了。考えてみれば、国内ではバスや電車に乗って採集に行くのは高校生のとき以来、つまり大人になって初めてのような気がするし、いつもはたいてい雅恵が一緒についてきてあれこれ世話を焼いてくれるが今回は一人きりだし、バスを待っている間、「初めてのおつかい」みたいで何だかドキドキしてきた。

 無事、21:30発のJRバスに乗り込むと、噂には聞いていたが今どきの夜行バスは3列独立シートで、隣の人に気兼ねすることなく熟睡できる構造になっていた。もちろんトイレ付きだが、何と何と、トイレは床下に設けられていて階段を降りていく構造になっており、トイレの音で起こされる心配もない。これなら近くにいびきをかくオッさんさえいなければ快眠を保障される(自分がそのいびきをかくオッさん自身であるか否かは、知る由もない)。

 走り出して間もなく養老S.Aでトイレ休憩があるが、その後は蒜山S.Aまでノン・ストップである。しかも何と、蒜山S.Aは運転手の仮眠のために停まるだけで乗客は降りることはできない。初めにこれを聞いたときは意外に感じたが、実際に経験するとこれは実に合理的だ。つまり乗客にとっては事実上、養老S.Aから松江まで8時間以上ノン・ストップで、この間、3列独立式のゆったりシートを思いっきりリクライニングして、誰にも安眠を妨げられることはない。実際、蒜山S.Aで停車したときには一瞬目が覚めたが、車内放送が入るわけでもなくアイドリングもしたままなので、エンジンの心地よい振動で再び深い眠りにおちた。帰りはこれと逆で、蒜山S.Aでトイレ休憩した後、養老S.Aで運転手が仮眠をとるのだが、このときは全然気付かずに熟睡していた。

 いつもマレーシアから帰ってくる飛行機は、7時間弱のナイトフライトの間に飲み物・夜食・朝食と3度も起こされて、全く寝た気がしない。過剰サービスとはこのことだ。もっとも飛行機の場合、狭苦しいシートでエコノミークラス症候群にならないよう、迷惑承知で時々起こしているのかもしれないが。

 

 こうして無事6:40松江駅着。7時に店が開くのを待って駅のコーヒーショップで朝食。レンタカー屋は駅前に何軒もあるが、どこも8時からの営業なのでゆっくり朝食をとり、駅前のコンビニで昼の弁当を仕込んでレンタカー屋へ行ったら7:45なのにもう開いていた。さっそく手続きして8時前には出発できた。日産マーチ 1200cc 12時間で6,300円。一人ならこれで十分だ。このクラスの車には昔、同じ日産のパルサーに乗っていたが、当時と比べて性能の向上には目を見張るものがある。エンジン音は静かで走りも実に滑らか。運転がラクでしようがない。ところが、走り出してすぐに重大な問題が発生した。

 

道路地図が搭載されておらず、代わりにカーナビが付いている!

(当たり前だっちゅーの)

 

何で道路地図がのってないんだ。

(だから代わりにカーナビが付いてるんだって)

 

オレはIT原始人なのでカーナビなんて使えないぞ。

(今どき笑われるよ)

 

レンタカーに道路地図がのっているのは、旅館の部屋に聖書が置いてあるくらい常識だろう。

(アンタの常識って、いったいどうなってんの)

 

ケッカンレンタカーだ。

(ニッポンレンタカーだって)

 

よっぽどコンビニで道路地図を買おうかとも思ったが、情けないのでやめた。5万図は持っていたので何とかなった。こうして無事(?)9時前には最初の目的地である三刀屋のポイントに着いた。

 

■ 三刀屋町三刀屋城址

 三刀屋城址から西にのびる尾根筋がポイントと聞いていたので、まずはここへ直行する。ところが尾根道は予想外の深い林の中で、所々ブッシュで立ち消えそうな状況だった。この環境では多くを望めそうにないと判断。早々に引き返す途中で、運よく1♂をゲットした。これが私の島根県産初ギフとなった。

 なお、三刀屋城址一帯は大きな公園で、たいそうな桜の名所になっている。この日は絶好の花見日和となり、私は頂上直下の駐車場まで車で乗り入れていたため、心配したとおり9:45の時点ですでに車両進入禁止のトラ柵で閉じ込められていた。もう少し遅いと、すごい人出で脱出困難になっていたかもしれない。

 

■ 木次町西日登

 実は、今回の主な目的地はここ木次町だった。西日登で景気の良い記録をいくつか見つけ、記録のほとんどが♂なので、きっと尾根筋のポイントだろうと勝手に予想した。5万図を見ると西日登の南方に比較的なだらかな山塊があり、稜線付近を高圧線が走っている。これは当たればデカそうだ、と思っただけで、もう採ったような気分になっていた。

 行ってみると、稜線には格好の尾根道が縦横に走っている。しかし、片っ端から歩き回ってみたがギフは現れない。時期が早いか? 三刀屋よりも標高はあり、尾根筋の景色は多少早い目の感はあるが、下から上がってくることを考えれば未発生とはとても思えない。ということは場所が違うとしか思えない。このあと麓の伐採地も探してはみたが、時間の無駄に終わった。

 

■ 斐川町阿宮

 次に、成山氏の報文に出てくる斐川町阿宮へ行くことにする。ここは5万図で見る限りやや単調で凹凸の少ない地形で、あまりギフの匂いがしない。そのためほとんどマークしていなかったのだが、木次町で深追いしすぎて時間がなくなったため、転戦するにも距離的に近い斐川町阿宮を選ばざるを得なかった。この時点ですでに正午を回っているのに、絶好の天気のなか、まだ1♂しか採っていなかった。

 こんなことなら成山氏から詳しくポイントを聞いてくれば良かった、と思っても後の祭り。仕方なくまずは車で流してみるが、予想通りというか、全く気配がない。焦って車から降りてウロウロしてみるが、手掛かりもない。成山氏の報文を読み返すが、元々場所を示唆するような記述はなく、サッパリ分からない。

 ここで初心に帰り5万図を広げる。地図上に道はないが、集落記号が山の上の方まで付いている。どこかに登る道があるはずだ。探してみると、初めは見落としていたが急な細い坂道が山の上へ向かって伸びていた。これを行くと、何となくいつものギフ採集で見慣れた雰囲気のちっぽけな集落に出た。

 この集落の周辺の杉林や雑木林の林縁にギフは見られ、12:20から14:30の間で予想を超える10♂1♀の成果となった。天気は最高、季節も最高、全て出たての完品。誰にも会うこともなく、弁当を食べたりしながら2時間余り、存分にギフと戯れることができた。なお、当地の詳しいポイントについては「よいこの蟲だより №208」に掲載予定なので、興味ある方は参考にされたい。

 

■ 木次町熊谷

 さて、すっかり満足したし、いくら快晴とはいってもさすがに時間的に遅くなったので、午前中コケた木次町で別な場所を少し覗いて帰ることにする。

 ところが、気持ちに余裕ができたのが良かったのか、午前中は見逃して通り過ぎた場所で良さそうな尾根を見つけて衝動的に登ったところ、こんな時間(こんな時間って、もう3時半だよ)なのに、まだ尾根にギフが残っていた。しかし、気持ちに余裕ができすぎたのか、それとも疲れてヘトヘトだったせいか、続けざまに2回も振り逃がしてしまう。それでも心優しいギフが麓で待っていてくれて、疲れた私の心を癒してくれた。さすがにこの日は、これで納竿とした。

 

■ この地方のギフチョウの特徴

 このことについて薀蓄(うんちく)をたれる力量は全くないので、今回採集した標本の一部を図示するだけに留める。ただ、いわゆる大黒紋に特徴があると言われており、右下の個体はその特徴を良く現しているように思う。

左上:斐川町阿宮♂  右上:斐川町阿宮♀

左下:木次町熊谷♂  右下:木次町熊谷♀

 

■ 採集のあとは

 帰りは途中、来待温泉でひとっ風呂浴びてサッパリし、19:00松江駅着。レンタカーを返し、駅の近くの居酒屋で一人で祝杯をあげる。時間がたっぷりあるのでノートを広げ、この日の記録を整理しながらゆっくりとくつろいでいると、ついつい飲みすぎてかなり酔っ払ったみたい。やっぱ、採って飲むビールは最高ですわ。ヒック。

 酔いつぶれて寝てしまっては大変なので、少し早いが駅前のバス乗り場へ向かう。ちょうど、ビルのマルチビジョンで中日VS巨人の中継をやっていて、

得点は中日1点ビハインド。9回裏2死満塁。一打逆転サヨナラの絶好のチャンスで、バッターは3番、福留」

もう勝ったも同然。くたばれ巨人、ザまぁ見ろ!という場面でバスが来てしまって、後ろ髪を引かれながらバスに乗り込んだ。結局、福留は凡退に終わったようで、見なくて良かった。思えば何もかもが幸運続きの一日だった。

 

■ 最後に

 最後に、今回の行程と交通費について参考に書き留めておく。バス代とレンタカー代は思いのほか安く、人数にもよるがマイカー利用よりかえって安くつく。遠方へ日帰りと言うと慌しいように思うが、実際には1日が大変長く感じられ、ゆったりと行動できる。ただし、レンタカー屋が朝8時にしか開かないのがネックで、できるだけ目的地の近くまでバスで行く計画を立てれば、1日たっぷり採集が楽しめる。

 

■ 今回の行程

<JRバス>

21:30 名古屋駅発   9時間のバスの旅。日頃の寝不足も手伝ってよく眠れる。
  6:40 松江駅着 7時に店が開くのを待って朝食。コンビニで弁当を仕込む。

<レンタカー>

  8:00 松江駅前発 レンタカー屋が開くのを待って出発。

  8:30

 

三刀屋木次I.C

 

山陰・松江道利用で9時前には三刀屋のポイントへ。

(終日、採集)

17:00 来待温泉 採集後は、ひとっ風呂浴びてサッパリ。
19:00 松江駅着 レンタカーを返し、居酒屋で祝杯。ビールが美味い!

<JRバス>

21:20

松江駅発

再び9時間のバスの旅。採集の疲れと酔っ払いで、大変よく眠れる。

6:35

名古屋駅着     

 

     

■ 今回の交通費

<JRバス> @8,500円×2×0.9(往復割引)  15,300円
<レンタカー> 日産マーチ 12時間 6,300円
<高速道路>

松江玉造→三刀屋木次

850円
<ガソリン>

レギュラー@125.0円×10.65 ℓ

1,331円
   23,781円

■ (比較)マイカー利用の場合

<高速道路>

 

名古屋→米子/安来道路/松江玉造→三刀屋木次

(@9,100円+@650円+@850円)×2  

 

21,200円

<ガソリン>

 

 

名古屋→三刀屋木次 490.8km

現地移動50km、燃費10km/ℓ とする。

(490.8km×2+50km)÷10km/ℓ×ハイオク@137.0円  

 

 

14,100円

  計   35,300円

■ データ

200549()

島根県雲南市三刀屋町(旧飯石郡三刀屋町)三刀屋城址 ギフチョウ 1♂

島根県雲南市木次町(旧大原郡木次町)西日登 ギフチョウ null

島根県簸川郡斐川町阿宮 ギフチョウ 101

島根県雲南市木次町熊谷 ギフチョウ  11

 

(2006年2月12日「BUG」 №64より)