新種発見20年に想う


■ 20年前といえば…

 私が新種Spindasis masaeae(マサエキマダラルリツバメ)を採集して、今年(2015年)の3月21日でちょうど20年になる。

 20年前の1995年といえば、1月17日に阪神淡路大震災があった。3月20日には地下鉄サリン事件が起きている。タイのチェン・マイからの帰途、バンコクの空港のテレビでNHKが放送されているのを見て「NHKもグローバルになったなあ」と感心していたら、地下鉄サリン事件を伝えるニュースだった。

 私がS. masaeae を採集したちょうどそのころ、アジアの歌姫テレサ・テンも同じチェン・マイに長期滞在中だったらしく、1か月余り後に当地で謎の死を遂げた(どうでもいいいけど、そんなこと)。

 

■ 新種発見がどれぐらい凄いか

 昆虫の中でも蝶は最も採集者人口が多く、最も人目につきやすく、最も調べ尽くされている。その蝶で新種を出したことが凄い、と言ってくれる人がいる。

 しかし、それよりもなによりも、実は採った場所が凄い。採集したチェン・マイのドイ・ステップは、最近でこそすたれた感があるものの、かつては東南アジア屈指の有名採集地のひとつだった。しかも、何を隠そう私が採集したポイントは、道なき道をかき分け野越え山越えたどり着いた秘密のポイントでもなんでもない。それどころか、観光地として有名なドイ・ステップ寺院でシーロー(タクシー)を降りて、道路をわずか10分か15分ほど歩いたところでトレイルに踏み入り、そこからものの5分ほどの場所だった。そのトレイルも踏み跡程度のものではない。9年前の1986年に最初に当地を訪れたとき、既にそのトレイルはあった。つまり、しっかり維持管理されているトレイルなのだ。

 普通、そんな場所で新種が見つかるとはとても考えられない。しかも、高い梢にいるのを10mの長竿で採ったのでもなければ、人が行かない夕暮れ時や薄暮に採ったのでもない。秘伝のトラップや特殊な採集道具を用いたわけでもない。真っ昼間のトレイル沿いで、地上1mほどの潅木の葉上に静止しているのを採った。― そんな馬鹿な。きっとなにか秘密があるだろうと勘ぐられそうだが、正真正銘ただそれだけだ。そんなありふれたシチュエーションで新種を採った、というところがなにより凄い。

 全然自慢になっていないが、要は、努力の賜物でもなければ実力の結果でもなく、まさしく幸運以外の何ものでもない。いや、幸運などというなまやさしいものではないかもしれない。やはり奇跡としか表現のしようがない。

 その昔、日本のプロ野球が誇る世界の盗塁王、元阪急ブレーブスの福本豊氏がテレビで「盗塁の秘訣は何ですか?」と聞かれて、「まずは塁に出ることやね」と真顔で答えたという逸話がある。宝くじも買わなければ当たらないように、新種も行かなければ採れない。これだけが私の語れる唯一の真実だ。

 

■ 2頭のSpindasis masaeae

 こうして考えると、どうしてそれまで採れなかったのか謎である。そして、どうして私が採れたのかも同じぐらい謎である。その答えとして、同好者なら必ず「異常型」を疑う。

 ここで私は、ひとつだけ自分で自分を褒めてあげたい。あのとき、1頭採った時点で舞い上がったり満足したりせず、冷静に付近を探して2頭目を採っていた。2頭同じものがいることで、異常型ではないと自分自身強く信ずることができた。

 実はこれには伏線があった。出発前、日ごろ親しくしていただいているW氏から「特にシジミの場合、1頭採ったら近くにもう1頭、2頭いる場合があるからよく探したほうがいい」とアドバイスをもらっていた。あの場面を予見したかのような的確なアドバイスが、いきなり大きく結実した。

 もちろん、2頭いたところで、それでも異常型を疑う人は当然いる。同一の母蝶から同一傾向の異常型が羽化することは経験的に知られている。私自身、ギフチョウの「Wリング型」を一度に2頭採集したことがある。「Wリング型」の出現率からは奇跡に近いが、同一母蝶から羽化した個体と考えれば無理なく説明がつく。

 しかし、あのとき私が採ったSpindasis属の蝶はこの2頭きりだった。たくさん採った中の2頭が特異な斑紋をしているなら異常型の可能性もあろうが、異常型もなにもこの2頭しか採っていないのだ。もしこれが異常型だったら、正常型は何かという話になる。 

  さらに、2頭は同一母蝶から羽化した兄弟と考えるにはどことなく似ていない。2頭はともに♂だが翅形に微妙な違いがあり、鮮度に明らかな差がある。どことなく印象の違う個体なのだ。それでいて斑紋には明確な差異を見出せない。同一母蝶から羽化した同一パターンの異常型の場合、鮮度を含めて雰囲気はそっくりだが、異常の程度つまり斑紋に差があるのが常であるように思う。

 関康夫氏所蔵のホロタイプ(写真左)と、私が所蔵するパラタイプ(写真右)を並べてみる。パラタイプの裏面はこれが初公開である。ホロタイプは私の手元に標本がないため、フイルム写真をデジカメで撮り直したために著しく解像度が劣る。また、色調の違いも撮影方法が全く異なるためなのでお許し願いたい。

ホロタイプ 裏面
ホロタイプ 裏面
パラタイプ 裏面
パラタイプ 裏面

ホロタイプ 表面
ホロタイプ 表面
パラタイプ 表面
パラタイプ 表面

 パラタイプの方が鮮度が良いにもかかわらず、右前翅の後縁に羽化不全によると思われる傷があり、これによる翅形の変形が認められるため記載には用いられなかった。しかし、傷のない左前翅で比較しても、パラタイプの方が翅頂が尖り外縁が直線的である。全体的にパラタイプの方が細っそりした印象で、ホロタイプの方が丸っこい印象がある。しかし、本種の最大の特徴である裏面の奇っ怪な斑紋は、2頭とも瓜二つであり有為な違いは見いだせない。

 

■ Spindasis masaeae その後

 しかし、こういう議論をしたところで、それは「マニアの、マニアによる、マニアのための議論」であって、異常型でなく新種であることを証明するのになんの決め手にもならない。では、新種であることを証明するにはどうしたらよいか? ―― 3頭目が見つかればよい。ただそれだけのことだった。

 私が2頭のS. masaeae を採集してから長い間、再発見の報を首を長くして待った。もちろん自分で採りに行けばいいわけだが、3月下旬のこの時期は一年で一番仕事が忙しい時期でとても休めそうにない(あの時は若造だったので十分な思慮なく休み、そして職場に迷惑をかけたと思う)。そしてなりよりも、無理して休んで自分で採りに行ったところで、正直採れる気がしなかった。宝くじに二度当たることのないがごとく…。

 吉報は偶然もたらされた。このサイトを立ち上げるための準備をしていた一昨年(2013年)7月、インターネットで「Spindasis masaeae」で検索してヒットしたタイ文字の並ぶサイトに、見まごうことなき本種の生態写真がアップされていたのだ。それを見つけた時の感激と興奮は、自分の手で採集した時のそれより多分何倍も大きかった。あの時から18年余りの歳月が流れていた。

偶然見つけたS.masaeaeの生態写真。
偶然見つけたS.masaeaeの生態写真。
同左。後ろに吸水中の他のシジミが写っている。
同左。後ろに吸水中の他のシジミが写っている。

■ 妻の名を付けたことについて

 新種に妻の名を付けたいきさつについては、当時「チェンマイの奇跡 ― 新種発見に思う」に書いた。私にとってそれは自然の成りゆきというよりも至上命題であって、他の名前を付けるなどということは思いもよらなかった。

 しかし、世間では新種に妻の名を付けた例というのは意外に少ない。日本人は人の名前を付けるのが大好きだが、たいていはその筋の第一人者の名前であったり、お世話になった恩師や先輩の名前であったりで、身内の名前はあまり使わないものらしい。当時の私はそういうこの世界の常識にうとかった。

 五十嵐邁氏がご母堂の名を付けたPapilio chikae(チカエアゲハ・ルソンカラスアゲハ) はあまりにも有名だが、妻の名を付けた例としては「ボルネオの蝶」で知られる大塚一壽氏のPotanthus ayakoae(アヤコキマダラセセリ)の他に例を知らない。この話をしたら雅恵は、「セセリでなくてシジミで良かった」などとと贅沢なことを言っていた。

 考えてみれば、妻の名を付けたまではいいが、「その後折り合いが悪くなって別れました」なんてことになったら洒落にもならない。当時の私はそんなことにまで全く考えが及ばなかった。

 

■ 新種を発見して良かったこと

 もちろん良かったに決まっているが、思わぬところで、思った以上に良いことがいっぱいあった。

 なにより世間の通り相場が良くなった。それまでは、初対面の人に「蝶の採集が趣味です」と言うとけげんな顔をされることもあったし、中には眉をひそめる人もいた。それが「新種を発見した」というだけでやたら通りが良くなった。

 当時、口の悪い友人から言われた。「これまでは変な友達のいるヤツと見られてこっちも迷惑していたが、おかげで俺まで株が上がったよ」と。

 後にも先にも勲章など欲しいと思ったこともないが、はからずも勲章を着けることとなって、世間の風当たりがまるで逆になったことを肌で感じた。

 

■ 新種に妻の名前を付けて良かったこと

 仕事で、ある企業のステークホルダー会議とやらに上司の代わりに出席したときのこと。右も左も分からずドギマギしている私のところに担当の女性が挨拶に来てくれて、いきなりこう言った。

「大岡さんって、蝶の採集がご趣味なんですって? 新種を発見されて、奥様のお名前を付けられたそうですね」

「えっ? いったい、どこでそんなことを…」

「女は噂が早いですから。フフフ…」

 仕事の関係上、相手が女性であることが多く、「新種の蝶に妻の名前を付けた」というだけで、初対面の女性が勝手に私に対して好印象を持ってくれる。別にそんな打算があってしたことでもなんでもないが、思わぬところで随分得をした気がする。

 

■ 図鑑に載った Spindasis masaeae

 与太話はともかく、S. masaeae の発見から20年、新種として記載され世に公表されてから15年が経った今も、本種は未だ世間にしっかり認知されたとは言い難い。昨年(2014年)11月25日、待望の本が出版された。

「タイ国の蝶 ―木村勇之助コレクション― Vol.2(シジミチョウ編)」

 何が待望かと言って、私にとって、S.masaeae がこの本の中でどのように紹介されるのか、それともされないのか、この本の企画を知った時からそのことがずっと気がかりだった。新種発見以来、本種が日本で出版された図鑑類に掲載されたことはない。そもそも日本でタイの蝶の図鑑が出版されること自体、本シリーズが初と思われる。

 タイで出版された図鑑、EK-AMNUAY著「BUTTERFLIES OF THAILAND」には、直接確認していないが初版(2006年)に既に本種は掲載されているようで、第2版(2012年)には標本が図示され、発見の経緯から命名のいわれまで原記載から引用する形で紹介されている。つまり私の名前と雅恵の名前までもがタイでは紹介されている。しかし、当然のことながらタイ語版と英語版しか存在せず、日本国内で出回っている冊数はわずかと想像できる。

タイ国の蝶 -木村勇之助コレクション- Vol.2
タイ国の蝶 -木村勇之助コレクション- Vol.2
BUTTERFLIES OF THAILAND 第2版
BUTTERFLIES OF THAILAND 第2版

 そんなこともあり、今回もしかすると初めて日本の書籍に本種が紹介されるのではないかと密かに期待していた。手にとって恐る恐るページをめくっていくと…あった。図鑑の体裁だから当然といえば当然だが、S.masaeae は漏れることなくちゃんと掲載されていた。ただ、残念ながら図示されていない。これは木村勇之助氏のコレクションを中心にまとめた本なので致し方ないが、このあたりが、本種が世間に十分認知されていないことの現れのように思う。未だ誰もが半信半疑なのかもしれない。

 

■ Spindasis masaeae いつか必ず

 虫屋にとって、東南アジアといえばかつてはタイやマレーシア、インドネシアが主流だった。それが、社会主義国だったベトナムへ自由に行けるようになり、ついでラオスが注目され、さらに最近では、少し前まで軍事政権で鎖国をしていたミャンマーにさえ虫を採りに人が入るようになった。今さらタイへ採集に行く日本人は少なく、かえって最新の現地情報が乏しい。タイに関心を持つ虫屋が少なくなり、サイトにS.masaeae の生態写真がアップされても話題になることもないのかもしれない。

サイトにアップされている Spindasis masaeae の生態写真。
サイトにアップされている Spindasis masaeae の生態写真。

 サイトにアップされている生態写真には2010年8月8日撮影というデータが付されているが、肝心の撮影場所の記載はない。写真には撮影者を示す “hs5spl” のロゴが入っており、プロのカメラマンを思わせる素晴しい出来栄えだが、サイトポリシーにはクレジットを付ければ写真を自由に使って良いという主旨の記載がある。

 

 本種がドイ・ステップの固有種とは到底考えられない。きっと、よほど人目に触れにくいなんらかの理由があるのだろう。実はそれなりの個体数が生息しているものと私は信ずる。いつか必ずその生態が解明され、そして分布が明らかになる。その日が来ることを信じてやまない。

(2015年3月吉日)