2 技術・知識編


 Q7  トラップは何が有効か?


【解 説】

 ジャングルの採集はトラップなしでは語れない。ワモンの仲間など、そもそもトラップを仕掛けないとほとんど姿を見せない蝶もいるし、タテハ類にも絶大なる効果を発揮する。暑くて湿度が高く風の通らないジャングル内では、トラップの威力が倍増するようだ。

 また、暑いばかりで蝶影が薄く、何も採れずにトラップを仕掛ける気力さえ失せるような時がたまにあるが、そんな時こそトラップを仕掛けるべきだ。なぜならそんな時は、トラップを仕掛けないと何も採れないからである。

【実例1】定番の果物トラップ

 トラップと言っても、単にバナナをむいてジャングル内の地面に転がし、焼酎をかけて足で軽く踏んづけておしまい。実に簡単である。これをそこらじゅうに仕掛け、余った焼酎を適当にまいておくと蝶がどんどん集まってくる。私はいつも「さつま白波1.8ℓ紙パック入り」1本を日本から持参するが、本気でやるなら3日間でもこれ1本では足らないくらいだ。焼酎は何も重いめして日本から持っていかなくても現地で適当な酒が調達できるに違いないが、今のところ私は何となく「さつま白波」にこだわっている。

 次に、「串刺しトラップ」。

 前述の「地面置き」の場合、手軽に大量に仕掛けられる利点があり沢山の蝶をおびき寄せるのには好都合なのだが、最大の欠点は集まる蝶の種類が決まっていること。定番はオオイナズマ類で、その他ドゥンヤ、テウタ、エベリナなどのイナズマやワモン、ジャノメの類が集まるが、残念ながら真正ユータリアはほとんど来ない。

 そこで、輪切りにしたバナナや細かくカットしたパイナップルを焼酎に漬けて、これをそこらの枝先に刺す。この方法だと、もっぱら葉や枝に止まって地面に降りない多くのタテハに有効である。なお、「ストッキングトラップ」も「串刺し」と同じ狙いがあるが、「ストッキング」の場合、後で必ず回収しなければならない手間がある。

 最後に、果物トラップの決定版「葉塗りトラップ」。

 これも元々は「串刺し」と同じ狙いではあるが、何と言っても串刺しの場合そうそう適当な枝がそこらじゅうにあるわけではなく、剪定バサミでチョキチョキやりながら仕掛けていては日が暮れる。その点、葉塗りはそこらじゅうの葉という葉に塗りたくることができる。同じ場所で連日これをやると、条件が良いと日に日に集まって来る蝶の数が増し、3日目あたりには初日には想像もしなかったほどの成果となることがある。しかしながら、今のところこの方法を知る人は少なく、と言うよりこういう方法があること自体あまり知られていないようだ。これは東京の三浦正恒氏のオリジナルで実用新案出願中なので(なわけないでしょ)、残念ながらここではこれ以上詳しく解説できない。

 なお、果物トラップというと何日も前から焼酎に漬け込んだり、黒砂糖を煮込んだり、秘伝の何やらをブレンドしたりと、やたらレシピに凝る御仁がいるようだが、短期滞在の海外ではそんな面倒なことはやっていられない。私の場合、いずれの方法も現場で果物と焼酎を適当に混ぜるだけのインスタント仕立てだが、十分効果がある。 

【実例2】強烈! エビ・カニトラップ

 フタオ等の一部の蝶に強烈な効果があるとして有名だが、私自身最近は全く使わなくなった。なぜならフタオの多くは前述の串刺しや葉塗りトラップに飛来するし、後述の小便トラップに来るものもいるので、わざわざエビ・カニをやる必要を感じないのだ。

 エビ・カニの調達は、マレーシアではちょっとした町なら必ず朝市が立つので、行きがけに簡単に買える。間違っても前夜のうちに買わないこと。初めのころ私は、トラップというと何となく「あらかじめ仕込んでおくもの」という先入観があったため、前夜のうちに買い込んだカニをチョップしてビニール袋に入れ、トイレに吊るしておいたものだからたまらない。翌朝にはおどろおどろしい悪臭を放ち、幾重にもビニール袋を重ねてもなお異様な臭いが漏れ出て、うかうかタクシーにも乗れない事態とあいなった。

【実例3】謎のバラチャントラップ

 何やら怪しげな名前のこのトラップ。TSU・I・SOなどで盛んに紹介され、今や木曜社では販売もされているようだが、私自身バラチャンの本場マレーシアに通っているにもかかわらず、まだほとんど成果をあげていない。

 バラチャン(もしくはベラカン)というのは、すりつぶしたエビやアミを発酵させた調味料で強烈な臭いがあり、これに水を加えてペースト状にし沢沿いなどに仕掛けると、エビ・カニを凌ぐ効果があるという。何よりエビ・カニと比べて手軽に買えて始末が良くしかも保存がきくというので、これをオオイチなどで使っている人もいるらしい。

 元々マレーシアでは日本の味噌と同じくらい一般的な調味料のはずなのだが、最近のマレーシアは近代化が著しいせいか、都会のスーパーでバラチャンを買い求めようとすると、日本でもお馴染みマギーが出している「顆粒状バラチャン風調味料」のようなものしか置いていなかったりする。

【実例4】男なら、誰でもどこでも小便トラップ

 水辺の砂地などに仕掛けるとアゲハやシロチョウなどが集まる。国内でも経験済みで、初心者のころから誰もが最も馴れ親しんだトラップだが、興味の対象がアゲハやシロチョウからタテハ、シジミに移るにつれ、いつの間にか顧みられなくなる。

 しかし、小便トラップを笑う者は小便トラップに泣く ―― かどうかはともかく、実は仕掛ける場所を少し工夫することで、思いがけない収穫にめぐり遭うことがある。同じ沢沿いでも、日なたではなくて樹木が多くて木陰になるような場所に仕掛けると、チャイロフタオやソトグロカバタテハなど渋めのタテハが集まる。ジャングル内の何となくひんやりとした空間では、日中滅多に見かけることのない大型セセリが来たりする。

 こうしてみると、「大便トラップ」も意外な大物が来るのではないかと思えたりもするのだが、育ちの良い私などは今のところ試みたことはない。

【実例5】お守りでしかない銀紙トラップ

 カラーネットのところで、赤ネットにオオルリアゲハが急降下してくると書いたが、オオルリは青銀紙にも来るらしい。ボルネオのカルナルリモンアゲハは、蝶道に青銀紙を並べ、これにまとわりつく瞬間を狙うのだという。

 それならば、前文で書いたオビクジャクアゲハにはきっと緑銀紙が有効に違いない。そこで、マレーシアへ行くたびに私は緑銀紙をいつもお守りのように持ち歩いているのだが、実は未だ一度としてこれをまともに試したことがない。なぜならジャングルの採集では、1種類の蝶だけ狙って1か所でじっと待つというような採集はあまり現実的でないのだ。オビクジャクは珍品と言うにはほど遠いけれども、待っていてやって来るほど多いポイントには未だお目にかかったことがない。

 


 Q8  採集に適したシーズンはいつごろか?


【解 説】

 熱帯地方は一年中暑いので、年中いつでも同じように採集できるかと思いきや、さに非ず。学校の社会科では、熱帯雨林気候は年中高温多湿で雨季と乾季の区別がないと教わった。もちろん、そのことに異を唱えるつもりはないが、実際には赤道直下のシンガポールでさえ多少なりともモンスーンの影響を受け、地元の人たちは雨季と乾季を意識しているという。

 もっとも、雨季といっても例えば日本の梅雨時でも毎日降り続くわけではないし、梅雨の晴れ間にこそ良い蝶が採れたりもするが、短期の採集行で雨季を狙うには多少の勇気と信頼できる情報が欲しいところだ。

 一方、厳しい乾季には植物の成長が止まり、日本の冬のように森が枯れる。物の本によれば、「乾期は熱帯の冬ともいえるでしょう。(中略)チョウの個体数の消長の面でも乾期と雨期がそれぞれ冬と夏に対応していると考えられる平行現象がみられます」とのことだが、実際にはそれぞれの地域によって事情はそんなに単純ではない。 この手の話は浅学が露呈するので、実際に見聞きしたことに限定して参考までに書き留める。

【実例1】それぞれの乾季 ― 2月のランカウイと3月のチェンマイ

 マレーシアのランカウイ島では、2月が乾季の一番厳しい時期で、森は真っ赤に枯れて蝶の数は少ないという。これは伝聞。

 一方、私が訪れた3月のチェンマイでは、厳しい乾季で日本の真冬のように森が枯れていてゾッとしたが、水辺にはおびただしい数の吸水集団が形成されていて狂喜乱舞した。特に、チェンマイからさらに北方、内陸に位置するチェンダオでは、一木一草たりとも緑のない荒涼たる景色のなかで、このおびただしい数の蝶たちはいったい何を食って育ったのかと不思議に思えるほどだった。

  しかし、よく考えるとこれは何の不思議もない。チェンマイの場合、熱帯といってもかなり緯度があり、そのうえ標高もあることから、雨季・乾季だけでなくむしろ四季があると考えると理解しやすい。実際、正月休みにチェンマイを訪れた友人は、「寒いくらいで何もいなかった」と証言している。3月は丁度春から夏が一気にやってくる時期で、休眠していた蛹がいっせいに羽化する時期と考えると前述の光景も理解できる。

【実例2】コタティンギの3月と5月、そして1月

 マレーシアのジョホール州コタティンギは、赤道直下のシンガポールから車で僅か2時間ほどに位置するが、いちおう気候的にはマレー半島東海岸に含まれるという。つまり11月から1月頃までが雨季の真っ最中で、雨季が明けた3月頃がベストシーズンであると、その昔、元シンガポ-ル在住の静谷英夫氏が「昆虫と自然(№235)」に書いておられる。

 しかし、私が訪れた3月下旬は、海岸沿いのジェイソンベイこそベストシーズンと呼ぶに相応しいたたずまいだったが、バンカナオオイナズマで脚光を浴びた丘陵部のポイントは、2日通って1日半雨が降り続くという悲惨さだった。

 さらに、これに懲りて5月の黄金週間(ゴールデンウイーク)に3回も行ったが、いつも雨にたたられた。特に3回目の時には、正午になると計ったように辺りが真っ暗になって雷鳴がとどろき、猛烈なスコールがやって来てジ・エンド、ということを滞在中の3日間毎日繰り返した。

 ところが一方、雨季の真っただ中のはずの1月に行った指田春喜氏は「午後には時折小雨が降ったりうす曇りになるものの、採集には大きな影響はなかった」と「月刊むし(№245)」で書いておられる。 雨季に行った人が雨に降られず、雨季を避けて行ったはずの私が毎回雨にたたられる。こんな理不尽なことがあってよいのか!と私は怒り心頭なのだが、他人はこれを「日頃の心がけの問題」と言う。

 


 Q9  採集に適した時間は何時から何時ごろまでか?


【解 説】

 何を狙うかによっても違ってくるのは当然だが、その前に、時間を考える上で重要な前提がある。

 時差である。マレーシアと日本の時差はマイナス1時間。つまり日本の正午がマレーシアの午前11時。こんなことはどのガイドブックにも書いてある。ところが調べてみると、名古屋とランカウイ島では経度で約37度の差がある。東京とクアラルンプールでは約38度である。これを緯度や季節の違いを無視して単純に時間に換算すると、自然時間で約2時間半の時差があることになる。なのに人間は時差を1時間に設定している。このことは何を意味するか。

 私はたいてい朝8時にタクシーをホテルに迎えに来させ、市場でトラップ用のバナナを買ってからポイントへ向かうので、採集を始めるのは9時ごろになる場合が多い。これは自然時間での時差を考えると、朝6時半にタクシーを迎えに来させて7時半に採集を始めている、という感覚である。実際マレーシアの8時はまだ早朝の雰囲気で、商店はほとんど開いていない。9時のジャングルは多くの場合木の上のほうにしか日が当たっておらず、まだ活動していない蝶が圧倒的に多い。早朝活動するキララシジミを狙うにはこれでも少し遅いかもしれないが、一般的には、この後すぐ日が当たり始めてワッと蝶が出るので、9時はまずまずの時間と思っている。

 ところで問題は帰りの時間だ。私はたいてい夕方5時にタクシーを迎えに来させているが、これは日本ならいわば3時半に採集を切り上げているということで、夕方にテリトリーを張るであろうシジミに思いを馳せるとき、いかにももったいない気はする。キララシジミが夕刻に黄昏飛翔をすることが斉藤光太郎、関康夫両氏により「Butterflies(№38)」で報告されているが、私の場合、そんな時間にはもうビールを飲んでいい気分になっている。

 


 Q10  現地での移動手段は、タクシーとレンタカーのどちらが良いか?


【解 説】

 初めての場所でレンタカーは抵抗があるが、2-3回通って現地の様子が分かるとレンタカーの方がタクシーより気楽で便利なような気がしてくる。タクシーは言葉の問題もあって運転手が思い通りに動いてくれなかったり、運転手と相性が悪いと変に気をつかったり、会話で疲れてしまったり、ぼられているようで気分が悪かったり…。しかし、それでも以下の3つの理由で私は絶対タクシーをお勧めする。

(1)何といってもレンタカーの場合、ジャングルで脱輪したり、エンジンがかからなくなったり、はたまたドアロックしたりということがないとも限らない。むしろ日本国内よりもそうしたトラブルの確率は高いわけで、そのときに電話1本でJAFは来てくれない。

(2)東南アジアの片田舎で、地元の住民以外近づかないような場所に長時間レンタカーが停まっていると目立ちすぎる。その場所に誰かよそ者が来て何かをしていることを自らアピールしてしまう。私はランカウイ島でハンターと間違われ、物凄い剣幕で怒鳴りつけられた。特殊な例かもしれないが、ジョホール州のコタ・ティンギでは、レンタカーに戻ったところを待ち伏せていた強盗に襲われた人もいるらしい。

(3)キャメロン・ハイランドやランカウイ島などの有名採集地では、タクシーの運転手がポイントを知っている場合があり、当方が不案内でも連れて行ってくれたりする。

 


 Q11  タクシーはどうやって雇うか?


【解 説】

 別にどうってほどのこともないが、当たり前だけれど、1日チャーターするつもりなら町なかを流している車を停めても無駄である。ホテルのフロントで頼んだり、ホテルの前でたむろっているのと交渉する手もあるが、私はたいていタクシースタンドまで出向いて交渉するようにしている。観光地ならもちろん、マレーシアの場合小さな町でもたいていどこかにタクシースタンドがあり、こういう場所なら朝行っていきなり今から1日頼むと言っても必ず誰かが行ってくれる。タクシースタンドの場所を探すには、「地球の歩き方」が結構役に立つ。

 もちろんタクシーはチャーターしなくても、時間を指定すれば必ず迎えに来てくれるし、その方がかなり安くつく。

 


 Q12  現地ガイドはどうやって雇うか?


【解 説】

 人からよく聞かれる質問のなかで、最大の難問である。なぜなら私自身ガイドなど雇ったこともなく、雇おうと思ったこともないからだ。インドネシアやフィリピンの事情は分からないが、私のように、少なくともタイやマレーシアの有名採集地や、ホテルからタクシーで通える程度の軟弱でミーハーな場所でやっている限り、今後ともガイドを雇うことはないだろう。