2014年採集日記(下)


■ 6月8日(日) 滋賀県高島市のウラジロミドリシジミ(パート1)

 数年前に湖北地方のギフチョウを探しに行った際に、旧マキノ町付近で良好な里山環境が残っているのを見て、いつか平地性ゼフィルスを採りに来ようと思った。当時すでにギフは鹿の食害で絶滅寸前の状態だったが、ゼフならいくら鹿が増えても大丈夫に違いない。そこで、この日、ターゲットをウラジロミドリに絞ってナラガシワを探すことから始める。

ナラガシワの多い堤防道路
ナラガシワの多い堤防道路

 朝からそこらをうろうろして、良さそうな場所を2か所見つけた。一か所は写真の堤防道路で、道路沿いに点々とナラガシワがある。写真では分かりづらいが、木が生えている場所は道路よりも低い位置であり、つまり堤防によって高さが稼げるので木の上のほうに長竿が届くのが嬉しい。もう一か所は別荘地として開発されたけれど1軒も家が建たないまま放置されている場所で、雑木林の中に碁盤の目状に道があるので採集にはもってこいだ。

 ただ、この日はウラジロミドリを狙うには少し早かったようで、クリの花はまだ咲きかけ程度。ゼフはアカシジミがポツポツ見られた以外は低調で、ウラジロミドリは別荘地跡のポイントで羽化したての♂を1頭採集したにとどまった。堤防道路沿いにはエノキが多く、おびただしい数のヒオドシチョウを久しぶりに見たほか、ゴマダラチョウが樹冠を豪快に飛ぶ姿も見られた。

[記録]2014年6月8日(日) 同行者 雅恵

滋賀県高島市マキノ町新保 アカシシミ 2♀、ウラクロシジミ 1♂、ミズイロオナガ 1ex.

滋賀県高島市マキノ町辻 ウラナミアカ 1♀、ウラジロミドリ 1♂

 


■ 6月14日(土) 滋賀県高島市のウラジロミドリシジミ(パート2)

 先週フライング気味だった旧マキノ町へ出直す。堤防道路へ行こうか別荘地跡へ行こうか迷ったが、まずは別荘地跡で軽く叩いてから堤防道路へ行くことにする。

 ポイント着が11時半ごろ。軽くナラガシワを叩くと早速ウラジロミドリが飛び出す。3-4m程度の比較的低い位置から飛び出し、数も多いというほどではないが退屈しない程度には出る。ところがどうしたことか、羽化したてのピカピカの♀が1頭ネットに入ったほかは、なぜかことごとく採り逃がしてしまう。この季節としては珍しく風が強い日で、おかげで涼しくて楽なのだが、せっかく飛んでも風があるとなかなか止まってくれない。背景の葉っぱが風でざわついていると、チラチラ飛ぶ小さな蝶を目で追うのが難しくすぐに見失ってしまう。だが、それだけではない。確かにそこに止まったはずなのに、慎重に狙いを定めて振ったつもりが、どうしてもネットに入ってくれないのだ。ナラガシワは枝ぶりがしっかりしていて葉も大きくてごっついため、ネットが負けてしまう。やっと採れたと思ったらミズイロオナガ。今度こそと思ったら、またしてもミズイロオナガ。もしかして逃げたヤツも全部ミズイロか? いや違う。ミズイロオナガは採れるのに、ウラジロミドリは採れないのだ。ムキになって強く振り抜こうとすればするほどネットに入ってくれない。焦りの色が濃くなる。しかし、それにしてもひどい。2mの高さで帽子でも採れそうなヤツにまで逃げられ、だんだんイライラして自分自身に腹が立ってきた。すでに1勝10敗くらいだろうかと思ったら、情けなくて悲しくなってきた。

 これはいかん。発想を転換しよう。ここはひとつ、振りたい衝動を抑えて意地でも振らないことにして、ウラジロミドリが止まった茂みにポンとネットを当ててその場でネットを止めてみた。するとどうだ。手品のようにネットの中で羽ばたいている。こうしてようやくコツをつかみ、午後1時半ごろまでに1♂5♀を仕留めた。いずれも羽化したてのピカピカで、どうやらこの時間帯、羽化したばかりで不活発らしい。羽を乾かしているところを叩いたのでイヤイヤ飛んだが、あんまり勢いよくネットを振られたのでは、ウラジロミドリ的には瞬時に飛べないという訳だ。そっとかぶせてやればさすがに飛ぶ。

 この日、ナラガシワの葉上には沢山の虫たちがいて、叩いて回るとネットの中に小型のカミキリムシ、ゾウムシ、ハナムグリ、コガネムシ、コメツキ、カメムシ、アリ、そしてクモや毛虫やイモ虫、果てはアマガエルなどが入ってくるため、これらを取り除こうと中を見ると、何とウラジロミドリがネットの中を歩いていた。お前いったいいつの間に…。そっと叩いてやれば飛び、そしてネットに止まる。

 この日の7頭目が少しスレた♂で、これ以降♂♀の割合が逆転した。どうやら♂がボチボチ活動を始めたようだ。活動といってもまだ占有活動というほどではなく、叩けば重たそうに飛ぶ程度だ。

 

 別荘地跡ポイントで十分楽しんで、堤防道路へ移動したのが午後3時半ごろ。このころにはだいぶ風が弱まったと思っていたが、堤防上ではだまともに強い風が当たっていた。ゼフの採集には厳しいコンディションで、案の定、叩いても叩いても何も飛ばない。小1時間やってウラジロミドリらしきものを2-3頭見たが、結局確認できなかった。

クリで吸蜜中のミズイロオナガシジミ
クリで吸蜜中のミズイロオナガシジミ

 4時半に別荘地跡ポイントに戻ってみると、逆にこちらは日あたりが悪くなっていた。低い枝にはあまり日が当たっていない。それでもこの時間でまだ羽化したての♀が採れ、昼前ごろから長時間にわたってダラダラと羽化が続いている印象を受けた。

 この日は風が強かったせいかクリで吸蜜する蝶がほとんどいなかったが、この時間は風が弱まり、目線の高さでミズイロオナガが吸蜜していた。

[記録]2014年6月14日(土) 同行者 雅恵

滋賀県高島市マキノ町辻 ウラジロミドリ 8♂10♀、ミズイロオナガ 2ex.

 


■ 6月29日(日) 滋賀県湖東地方のケムシノモリノミドリシジミ

 数年前に職場の仲間と山登りに行った時に、尾根筋に樹高の低いブナがあるのを見つけていつかフジミドリを探しに行こうと思っていた。本当は前の週に行くつもりだったが行きそびれ、フジには遅いと思いつつも、来シーズンの足がかりだけでもと思って出かけた。

 麓から林道を車で登っていく途中、中腹あたりで異変に気づいた。いやに枯れ木が目立つなと思っていたら、枯れ木ではない。毛虫が異常発生していて、木が丸坊主になっているのだ。車から降りると想像以上に壮絶な世界が広がっていた。林道沿いの広葉樹はあらかた食い尽くされ、道端のススキにまで毛虫が群がっている。

左上:葉脈を残して丸坊主にされたミズナラ(手前)

右上:マンサクは葉脈も残っておらず、枯れ木のよう

左下:あまり食害を受けていないブナも、幹にはこのとおり

右下:林道沿いでは主な広葉樹は食い尽くされ、ススキまでこのありさま

 毛虫の恐怖におびえながら急斜面を登って尾根に着くと、記憶どおり7mの長竿でも勝負できそうなブナが少ないながらも点々とある。幸い中腹と比べて尾根はいくぶん毛虫の食害が少なく、特にブナはほとんど食われていない。それでも梢を叩くとどこからともなく毛虫がネットにくっついてくるし、到着直後のにわか雨で梢が濡れていることもあり、本心あまり叩きたくない。でも叩かないと何も飛ばないので仕方なく叩きながら歩く。でも何も飛ばない。

 朝がゆっくりだったのでもうすぐ昼だが、これでもフジにはまだ時間的に早いかもしれない。それなら今のうちに昼飯にしよう。そう思ってザックから昼飯のパンを取り出したが、ふと目の前の良さげなブナの枝に食指が動いて、軽く叩いた。

 今日、初めてゼフが飛んだ。横に張り出したブナの枝先を、やや小ぶりなゼフがチラチラと飛んですぐに止まった。待望のフジだ。やっぱりいたか。そう思いながら少し近づき、止まった辺りを凝視する。おや? 件(くだん)のゼフは、張り出したブナの枝先の一番先っぽで、外へ向けてアンテナをピンと張って静止している。完全な占有行動の体制だ。この時間帯にフジが占有行動? いやいや、フジの占有行動はブナの梢をチラチラ飛ぶばかりで、こんなエゾやジョウザンみたいなまねはしないはずだ。不思議に思いながらネットして、取り込む時に翅表のグリーンがちらっと見えた。そうかメスアカか。そういえばこの時間帯はメスアカのテリトリータイムだったな。それにしてもこんな尾根でメスアカとは…。違う…。ヒサマツだーっ!!

 初めて採集に来た場所で、最初に見て最初に採ったゼフがいきなりヒサマツとは。絵に描いたようなビギナーズ・ラック。ハハハ、ハハハ、ハッハッハッ。声を出して笑いたい衝動に駆られた。普通はこれで舞い上がるところを、私はいつだって沈着冷静なので(そうだったっけ?)、すぐに次の展開を読んでいた。静岡県の竜頭山の経験からは、ヒサマツはテリを張る場所の嗜好性がかなり強く、気に入る枝には採っても採っても次から次へと飛来する。そういえば、この風景、この環境、竜頭山のそれと似ていなくもない。いかにもヒサマツが好みそうな空間だ(さっきまで、これっぽっちもそう思っていなかったくせに)。ここは次なる個体の飛来を信じて、しばらくここで粘ろう。いつもはこらえ性のない私も、この時ばかりは覚悟を決めた。そして、食べかけのパンに手を伸ばすが早いか、いきなりもう来た。2頭目がもうやって来たのだ。その間たったの5分。そして3頭目も5分後に来た。そして4頭目も。僅か15分間で4♂を仕留め、次に少しだけ雰囲気の違う個体をネットしたら♀だった。それもA型!(それはいくらなんでもあり得んだろう。)この時すでに完全に舞い上がっていて、帰宅後よく見るとアイノの♀だった。ヒサマツならぬ、いかにもオソマツ…。

 しかし、こんな楽しい時間は長続きしなかった。20-30分ほどで雲が広がり始める。ヒサマツは曇ると全く飛ばない。そして再び日差しが戻ると、何処からともなく現れる。そんなことを2-3回繰り返すうちに、今度こそ完全に曇ってしまった。僅か45分間でヒサマツ 7♂の桃源郷。その後1時間以上粘ったが全く飛ばず、しびれを切らして尾根筋を歩いてみると、他にも良さそうな場所が2-3か所あることが分かった。この時間帯、ブナを叩くとフジミドリがポツポツ出るようになったが、予想以上にボロだった。眺望のきく小ピークに登ると、西の空は完全に曇っていて天候が回復する兆しはない。そうこうするうち小雨がパラパラしてきたので、まだ午後2時過ぎだったが早々に納竿とした。夕方まで晴れていれば今日は凄い一日になっただろうにと少し恨めしかったが、いやいや、ヒサマツ 7♂は十分凄いと自分に言い聞かせてポイントを後にした。

 車に戻ったが、念のため着替えずに林道を下る。山の上は雨でも下は晴れていることもあるからだ。案の定、少し下るともう晴れてきたが、良さそうな場所が見つからないまま麓まで下りてしまった。それにしても麓は良く晴れている。もしやと思って車を停めて振り返ると、山の上も晴れている? 少し迷ったが、半信半疑でもう一度戻ってみることにした。

 するとどうだ、本当に山の上も晴れていた。あえぎあえぎもう一度急斜面を登って元の尾根に着くと、さも当然のように晴れている。時間は午後3時15分。いつから晴れていたのか知らないが、1時間以上のハーフタイム。これから後半戦の開始である。さっきまで良かった枝はすでに日が当たっていないが、代わりに別の枝に日が当たっていて、そこでヒサマツが待っていてくれた。1頭採るとすぐに次が来て、採るとまた次が来る。こんなことを繰り返しながら、今度も測ったように45分で終了。そしてこれまた測ったように7♂の成果で、45分ハーフの90分間で合計14♂の大成果とあいなった。

[記録]2014年6月29日(日) 同行者 なし

滋賀県長浜市 ヒサマツミドリシジミ 14♂、フジミドリシジミ 3♂ボロ、アイノミドリシジミ 1♂1♀、エゾミドリシジミ 1♂

 


■ 7月21日(月・祝) 岐阜県板取水系のキリシマミドリシジミ

 ヒサマツに比べてキリシマはそれほど珍品のイメージはないが、しかし、分布はキリシマの方が西南日本に大きく偏っており、分布だけ見ればキリシマも十分珍品の部類に属する。さらに、屋外で観るキリシマはまさに「空飛ぶ宝石」と呼ぶにふさわしく、国産蝶の最美麗種の一つと言える。

 こんな魅力的な蝶なのに、なぜか自分自身これまであまりキリシマをやっておらず、鈴鹿山系でしか採集経験がない(かつて箱根でも少数の卵を採集したが孵化しなかった)。鈴鹿という恵まれたフィールドが近場にあるのだから、ここで積んだ経験を生かしてもっと積極的に他へ探しに行くべきではないか。

 ということで、いきなり板取水系へ打って出た。それも成虫採集に。そもそも、生かせるほどの経験を鈴鹿で積んでなどいないくせに…。

 結果は火を見るよりも明らかで、詳しく書くのも恥ずかしい。もちろんこの日だけで採れるなどと甘いことを考えていたわけではないが、翌週は土日とも仕事と私用が入ってしまって断念。でも、来年もきっと行きます、アホと言われようと身のほど知らずと言われようと。

[記録]2014年7月21日(月・祝) 同行者 雅恵

岐阜県関市板取各地 キリシマミドリシジミ null