2015年採集日記(上)


 2012年から岐阜県内のギフチョウの市町村集めを始めて4年目となる。この冬は2月から3月初めにかけて各地で記録的な大雪が降ったので、山では残雪が多いことが予想された。残雪の多い年は、経験的に雪国のギフチョウは発生が多い。これは、蛹が雪の下に埋もれていることで冬場の乾燥から守られるためらしい。このことは、日本海側の多雪地帯でギフの発生数が多いこととよく符合するし、近年、琵琶湖周辺から関ヶ原周辺で積雪が大幅に減少していることと、この地方のギフチョウが激減していることとも残念ながらよく符合している。

 なにはともあれ、今シーズンは岐阜県では特に飛騨地方のギフが楽しみである。

 


■ 3月21日(土) 大野町ほかのギフの下見

  シーズンインする前に、下見してカンアオイを確認しておきたい場所がいくつかあった。少し暖かくなったら出かけようと思っているうちに年度末に向けて仕事が加速度的に忙しくなり、土日も出勤することが多くなって下見に行ったのはこの日1回だけに終わってしまった。

やっと見つけた大野町のヒメカンアオイ
やっと見つけた大野町のヒメカンアオイ

 大野町野はかつては全国で最も発生が早い場所の一つとして人気が高く、大勢の採集者で賑わったようだが、人の多い場所の嫌いな私は当時一度も訪れることはなかった。今ごろになって、採れなくなって誰も行かなくなってから探しに行っているのだから、天邪鬼(あまのじゃく)のそしりを免れまい。私にとって、岐阜県の市町村で最もとりこぼした感の強いのが大野町で、2012年に岐阜県の市町村集めを始めて真っ先に訪れたが、その時点ですでに「時すでに遅し」の印象が強かった。かつてギフチョウを豊産したという明るい雑木林は今にもギフチョウが飛び出してきそうな雰囲気だが、ギフはおろか全くカンアオイが見つからないのだ。どうやら温暖化により乾燥化が進み、一定の限界点を超えてカンアオイが一気に消滅したとみられる。

 そこで、今回はポイントを絞り、少し環境条件の違う場所を探したところ、水の流れの近くで細々と生き残っているカンアオイを見出した。はたして、この場所でギフチョウも生き残ってくれているのだろうか。

[記録]2015年3月21日(土) 同行者 雅恵

岐阜県揖斐郡大野町野 カンアオイ確認

岐阜県揖斐郡揖斐川町(旧久瀬村)小津 カンアオイ確認できず

 


■ 4月4日(土) 旧本巣町ほかのギフ

《本巣市外山》

ヒメカンアオイの新葉が展開していた。
ヒメカンアオイの新葉が展開していた。

 一昨年、2年がかりでやっと見つけて1♂だけ採集した旧本巣町のポイント。周辺の丘陵部はゴルフ場銀座で、地形図上で良さそうな場所は軒並みゴルフ場になっていて、残された場所も温暖化による乾燥化という悪魔の足音が忍び寄っている。

 そんな中で、このポイントは地形の特性上まだしばらく安泰と私は勝手に見立てていて、時期と天気さえ良ければそれなりに数が出そうな気がしていた。

 週間予報によればこの日の天気は芳しくなく、実はほとんどあきらめていた。前日の夕方、未練たらしく予報を確認すると、相変わらず「曇り一時雨」ではあるが降水確率が60%から40%に下がっている。念のため時間ごとの予報を確認すると、雨の降り始めは夕方で、午前中は「曇り」だが降水確率は20%。予想最高気温はこの時期としてはかなり高めの22℃。これはもしや、紙一重でグッドコンディションではなかろうか。

 こうして、現地に9時前に到着した時点で曇りで気温16℃。前日までの雨で足元はベタベタで、湿度が高いせいか体感気温はかなり高く感じられる。日が差しさえすればすぐにも飛びそうだ。この日は用事のため連れてこなかった雅恵にメールすると、名古屋は晴れてきたとの返信で、一気に期待が高まる。

 9時25分、待望の日差し。一番良さそうな場所で粘っていて、日が差せばすぐにも飛ぶと思ったが、飛ばない。日が差すまでは落ち着いて粘っていたのに、日が差し始めた途端に落ち着きがなくなり、飛ばないギフにたった10分で辛抱たまらず歩くことにする。

 わずか5mほどだった。まだ歩いたうちにもはいらないところで、いきなり足元から飛び立ったギフにネットが反応し、今年の初ギフをゲット。しかし、何だか様子が…おや? ネットの中を覗くと、なんと交尾個体! おっかしいなあ。いったいお前たち、いつからここにいたの? 私は30分も前からそこにいたのに、どうして気付かない? もしかして、交尾したままどこからか仲良く地面を歩いて来たのか? ともあれ、幸先よく新鮮なギフ1ペアを採集できてご満悦。そして、この後わずか1時間強で新鮮な計8♂2♀をゲットして、早々と余裕で転戦を決めるのであった。

《旧久瀬村小津》

 3月21日に旧久瀬村で2か所ほど下見がしてあった。そのうち1か所が、もしかするともしかするのでは?という淡い期待を抱いてやってきたが、残念ながら乾燥気味の尾根にギフの姿はなかった。時期的に早すぎた可能性もあるが、いずれにしてもカンアオイが見つからないでは勝負にならない。

 尾根道にはおびただしい量の獣糞があり、これにおびただしい数のオオセンチコガネが集まっていた。いくらでも糞はあるのに、なぜか奪い合いの取っ組み合いをやっているヤツがいる。ほとんど全てがルビー色ないしはオレンジ色(写真左)だが、1頭だけ美しい緑色の個体(写真右)がいた。

オオセンチコガネ(ルビー系)
オオセンチコガネ(ルビー系)
オオセンチコガネ(グリーン系)
オオセンチコガネ(グリーン系)

斜面にたたずむカモシカ
斜面にたたずむカモシカ

 帰り際に、斜面にたたずむカモシカの姿を見かけた。今のところ私はシカとカモシカの糞を区別する術(すべ)を知らないが、あまりに大量の糞に、群れで生活するシカの糞とばかり思っていたが、そういえばシカの姿も鳴き声も聞いていない。ということは、もしやカモシカの糞? だとすると、かなり凄い数のカモシカが生息していることになる。

ヒルによる出血
ヒルによる出血

 帰り支度をしていて、ヒルにやられていることに気付いた。すでにどこかにずらかった後だったが、3か所もやられていた。4月のギフ採集でヒルにやられたのは初めてだ。シカかカモシカか知らないが、獣が増えた結果、その血を吸うヒルも増えているということらしい。

 糞虫屋さんはオセンチが増えれば喜ぶかもしれないが、ヒルが増えるのはどうもならん。いずれにしても、特定の種類の生き物が急激に増えたり減ったりする現象は、生物多様性が損なわれて生態系が脆弱になっている証拠と言える。

[記録]2015年4月4日(土) 同行者 なし

岐阜県本巣市外山 ギフ 8♂2♀

岐阜県揖斐郡揖斐川町(旧久瀬村)小津 ギフ・カンアオイとも確認できず。

 


■ 4月11日(土) 可児市ほかのギフ

 週間予報ではこの日は「雨」で、前日の夕方に確認したときには「雨のち晴れ」に変わってはいたものの、晴れるのは16時からとのことだった。ところが、夜寝る前に念のためもう一度確かめると、いつの間にか正午から晴れる予報に変わっているではないか。油断もスキもない。

 朝起きるとすでに雨はあがっており、予報を確かめると9時から晴れる! 飛び起きてすぐに出かけたいところだが、この日は最初っからあきらめていたので、かかりつけの医者2軒(内科と眼科)を午前中にはしごする予定にしていた。薬が切れそうなのでどうしても行かなければならない(歳はとりたくないねえ)。だが、こんなこともあろうかと少しだけ早起きしたので、採集道具を車に積み込み、いつもは歩いて行く近所の医者へ車で行き、1軒目の医者は始まる前から待って一番で受診し、2軒目が終るやいなや自宅へとって返して雅恵を拾って可児市のポイントへと急いだ。

《可児市柿下》

ギフが3頭でもつれ飛ぶのを見た。(画像修正あり)
ギフが3頭でもつれ飛ぶのを見た。(画像修正あり)

 予想以上に手際よく事が進み、可児市のポイントには11時ごろ到着。林の入口に向かって車を走らせていると、前方でもつれ飛ぶのはギフではないか。それも3頭でもつれ飛んでいる! あわてて車を停め、雅恵と二人で追って、それぞれ1頭ずつ仕留めたがもう1頭には逃げられた。

 当地は初めて訪れた2012年4月15日に2♂採集し、その後二度にわたって下見している。カンアオイが広範囲に自生しており、生育量も結構なもので、もしかするとギフの生息数も相当ではないかと期待していた。一方で、それなら初めて訪れた時に2♂(ほか1頭目撃)しか採れなかったのはどうしたことかと、ずっと疑問を抱えていた。それに「可児市柿下」は地元ではそれなりに知れた地名だが、たくさん採れたという話は聞いたことがない。

 下見が十分なので、雅恵には発生源と思われる湿地と雑木林周辺で採るよう指示し、私は反対側の丘陵の尾根へ登る。ギフが上がってくる場所がピンポイントで1か所だけあって、次々やってきた。二桁採ったところでピタッと飛来が止まったので雅恵がいる場所へ戻ってみると、雅恵も軽く二桁アップしていた。

 わずか1時間あまりで期待を大幅に上回る成果に、即、転戦を決める。車に乗り込む時に目の前のブッシュを飛ぶギフが目に入ったが、余裕をかましてスルーした。帰宅後、三角紙を数えると二人で29頭! 少し採りすぎたかなと思う反面、最後の1頭を採っておけば30頭だった!なんてことも思ったりした。

 なお、今年の4月は異常に雨が多くて日照不足が問題になったが、下表の多治見測候所の気象データからもこのことが見て取れる。可児市のギフは積算気温からは7日から8日が適期と予想したが、ご覧のとおり雨続きで羽化して活動するときがない。ごく一部は6日に羽化した可能性があるが多くは9日に羽化し、翌10日は活動できず、結果的に私が訪れた11日は、そのむかし蝶研がよく言った「オニ日」になったと思う。

●多治見市の気象データ(2015年)

日にち 最高気温  日照時間  天気(岐阜市) ギフの活動(推測)  

4月 5日(日) 

   14.5℃  0.0時間  雨

    6日(月)

 20.1  0.0  曇り一時雨    ✕(または△)
    7日(火)

 13.6

 0.0  曇り一時雨 ✕  
  8日(水)  13.2  1.0  雨のち晴れ一時曇り ✕(または△)
     9日(木)  16.6  4.6  曇りのち一時晴れ △(または○)
  10日(金)  12.7  0.0  曇りのち雨

    11日(土)

 22.6

 4.9

 晴れ一時曇り
    12日(日)  20.7  5.8  薄曇り

《多治見市大藪町》

肉厚な質感のスズカカンアオイの新葉
肉厚な質感のスズカカンアオイの新葉

 多治見市大藪町は可児市柿下と目と鼻の先とは言わないまでも、目と口の先?ほどの距離である。しかし、こちらはスズカカンアオイの自生地で、スズカ食いは発生が少し遅いと聞くし、標高も多少高く北向き斜面でもあることから、今年の発生はズバリこの日が適期と予想した。当地もこれまでに三度も下見に来ていてスズカカンアオイが相当量自生していることを確認しているが、いかんせん自分で見つけた場所のため、本当にここでギフが発生しているかどうかは採ってみるまで分からない。

 可児市でのウハウハの成果に気を良くし、ここでも軽く二桁アップするつもりでやって来た。着いてすぐさま思惑通り新鮮な1♂が飛来。ところが2頭目がなかなか現れず少々焦るが、それでも30分ほどで4♂を仕留めてここまではまずまず順調だった。ところが、思いがけず13時ごろに曇ってしまった。「雨のち晴れ」の場合、急激に天候が回復すると風が出る心配があるが、天気そのものは回復基調なので一旦晴れたら再び曇る心配は全くしていなかった。この時期、それも午後で、曇るとすぐに気温が下がり始める。三度も下見した場所で、なろうことなら一発で二桁アップして卒業したかったので、飛ばないギフに焦って歩き回る。結果なんとか3♂を追加でき、二人で計7♂完品の成果にいちおう満足したことにした。

[記録]2015年4月11日(土) 同行者 雅恵

岐阜県可児市柿下 ギフ 26♂3♀(内12♂1♀雅恵採集)

岐阜県多治見市大藪町 ギフ 7♂(内1♂雅恵採集)

 


■ 4月12日(日) 旧郡上八幡町のギフ

 順番からすると、前日に行った可児市や多治見市よりも郡上八幡のほうがむしろ発生が早いかもしれない。積算気温による発生予想では、今年は4月6日が適期と予想した。しかし、下表のように4月に入った途端に雨ばかりなので、6日以降羽化したとしてもまともに活動できたであろう日はほとんどない。4日に全部出てしまったのでなければまだ間に合うと判断し、いざ出陣。

 結果として、期待したほど個体数は多くなかった。やはり4日に羽化した個体はそれなりにいたらしく、どうやら発生がふた山になったと思われる。

●郡上八幡の気象データ(2015年4月)

日にち 最高気温  日照時間  天気(岐阜市) ギフの活動(推測)  

4月 1日(水) 

 11.8℃  0.0時間  雨

  2日(木)

 15.0  1.6  曇り一時晴れ

  3日(金)

 11.4  0.0  雨 

  4日(土)

 25.2  4.6  晴れのち曇り 

  5日(日)

   12.6  0.0  雨

    6日(月)

 15.6  0.0  曇り一時雨    ✕(または△)
    7日(火)

 11.2

 0.0  曇り一時雨 ✕  
  8日(水)  14.4  3.9  雨のち晴れ一時曇り ✕(または△)
     9日(木)  15.0  4.6  曇りのち一時晴れ
  10日(金)  11.8  0.0  曇りのち雨

    11日(土)

 20.0

 5.7

 晴れ一時曇り
    12日(日)  19.3  8.0  薄曇り
なぜかこんなところにギフが止まっていた。
なぜかこんなところにギフが止まっていた。

 

 それにしても、こんな場所に止まっているギフは初めて見た。こんな場所って、砂防ダムのコンクリートの上、写真でネットの置いてある付近にギフチョウが止まっているのを見たときは、テングチョウか何かの見間違い、目の錯覚だと思って通り過ぎそうになった。

[記録]2015年4月12日(日) 同行者 雅恵

岐阜県郡上市八幡町那比新宮 ギフ 4♂1♀(内1♀雅恵採集)

岐阜県郡上市八幡町那比阿瀬尾 ギフ 7♂2♀(内4♂雅恵採集)

 


■ 4月18日(土) 旧坂下町のギフ

 旧坂下町は私にとって鬼門らしく、これまで何度も挑戦してそのたびに討ち死にしている。今回は2年前に下見したときにいい感じの尾根を見つけてあり、絶対に落とすつもりで時期と天気を合わせてやってきた。

 が、しかし、件(くだん)の尾根にギフの姿はない。そこにはいい感じで小径がついており、古い記録ながら付近の地名で記録があるので、きっと、絶対、ここに違いないと思ってかなり粘ったが、結局かすりもしなかった。尾根を下ってからも未練たらしく付近の山裾を探すうちに、いつの間にかまた近くの別の尾根に登ったりしていたが、要するに付近にカンアオイがないのだからいくら登ってもムダっていう、当たり前の事実を受け入れるのに何時間も要してしまった。

旧坂下町で30年ぶりに見つけたヒメカンアオイ
旧坂下町で30年ぶりに見つけたヒメカンアオイ

 このままだと2年間温めていた坂下町の最後の切り札を失って、何も得られないまま帰ることになる。私は「往生際の悪いジジイ」なので、あきらめきれずに付近を車でウロウロ徘徊した。ふと気になる道があって車を進めると、なんだか少しだけいい感じの場所があったので、騙されたと思って車を停めて少し歩いてみる。 

 すると、あった! あんなに探して見つからなかった旧坂下町のカンアオイが、なんでもない雑木林の中の道端にあった。思えば旧坂下町では下外(しもそで)で1985年4月29日に卵を採集しているが、その場所は開墾されて果樹園になってしまったので、その時以来実に30年ぶりにカンアオイを見つけたことになる。

 こうして崖っぷちでなんとか来年への足がかりを残し、まだ採ってもいないのに安堵の胸をなでおろして帰途につくのだった。

[記録]2015年4月18日(土) 同行者 雅恵

岐阜県中津川市坂下 ギフ null