2016年採集日記(中)


■ 4月16日(土) 飛騨市古川町と神岡町のギフ

《飛騨市古川町》

 3年ほど前、どうしても旧古川町のギフを落とすことができなくて四苦八苦していたときに、雅恵の一瞬のひらめきで思いがけない場所で新ポイントを見つけることができた。そこは、これまで記録のない場所のようで、水谷治雄氏の「ギフチョウとカンアオイー岐阜県の記録」にも、橋本説朗氏の「ギフチョウ500市町村」にも、有田斉・前田善広両氏の「珠玉の標本箱(9)」にも、さらに昨年出版された櫟原俊嗣氏の「飛騨のギフチョウ」のいずれにも地名は載っていない。

 私たち夫婦の間で「雅恵ポイント」と呼ぶこのポイントへ、これまで都合5回足を運んだ。しかしながら、以下のとおりあまり芳しい成果は上がっていない。

(雅恵ポイントでのこれまでの記録)

2013年5月 4日(祝)午後、山裾:2♀スレ

2014年4月19日(土)午前、山裾:null(フライングと判断し即転戦)

2014年4月26日(土)午後、尾根:null / 山裾:1♂1♀(内1♂雅恵採集)

2014年4月27日(日)午前、尾根:3♂(内1♂ボロ、リリース)/ 山裾:null

2015年4月26日(日)午後、山裾:1♀

 当地は北向き斜面にサイシンが自生しているが、斜面が急なため発生個体はどんどん上へ上がってしまうと考えられる。そこで尾根へ登ってみると、うまい具合に小径があって見通しが利く。しかし、初めて登った2014年4月26日は、昼からだったこともあって暑いぐらいの天気で、尾根はもぬけの殻だった。翌4月27日は大いに期待して朝から登った。天気もよく時期もバッチリと思っていただけに、3♂(内1♂ボロ)という貧果にはかなりガッカリした。

 こうしてみると、当地は数が少ないポイントのようにも思えてくる。しかし、私の持論として、食草がそこそこあってその場所で発生しているのなら、他に採集者が入っているわけでもないのに1日2-3頭しか採れないポイントなんて本来ありえない。採れないのは時期か天気かタイミングか、それともよっぽど心がけが悪いかなにかである。永年にわたりその場所で世代を繰り返してきたということは、ある程度の個体数が発生しているはずであり、そうでなければ逆に世代を繰り返すことなんてできるはずがない。

 ということで、せめて2桁は採らないと「雅恵ポイント」を卒業できない。この日は初めて雅恵を連れて朝から尾根に登った。これまでは雅恵は山裾で待たせていたが、午前中は全く日が当たらないので下で待たせても無駄と思い、一緒に登ることにする。尾根の途中、小径がなくなる場所で雅恵を待たせ、私はさらに登る。そこから上は藪こぎである。といっても適度に開けた場所もあってポツポツ採ったりしながら登るが、次第に本格的な藪こぎになってきたのであきらめて途中で引き返す。行きにポツポツ採った場所で帰りもポツポツ採れるが、上からも下からも来るし、ブッシュは邪魔するし、白内障で右目の視力が低下していることもあって、振り逃がしが多くて苦戦する。それでも目標にしていた2桁に近い数字になり、これまで数が出ないことを不思議に思っていたこのポイントでやっと数が出てほっとする。

下から真っ直ぐ上がってくる。それにしても年季の入ったトラップだこと。
下から真っ直ぐ上がってくる。それにしても年季の入ったトラップだこと。

 雅恵の採ったのを合わせれば2桁に届いただろうと思いながら戻ってみると、ちょうど雅恵がネットを振っている姿が目に入った。いつもながら腰の入ったいい振りで、結構ムキになって振っているところが笑える。声をかけると、

「もう、忙しくって。疲れちゃったわよ。いっぱい振り逃がしたし」

なんと。やはり雅恵がいた場所がベストポイントだったようだが、下から真っ直ぐ上がってくる個体は傾斜があるため止まってくれないらしく、下ばかり見ていると突然上から下りてきたりして結構もてあそばれたらしい。

 こうして「雅恵ポイント」発見から足掛け4年にしてやっとまとまった数を採集し、めでたくこの場所も卒業できそうだ。ということで雅恵の許可が下りたので、下の[記録]の欄に初めて地名を記した。 

《飛騨市神岡町》

 以前、初めて神岡町低地のサイシン食いの記録を見たのが「西」という地名だった。「えっ、あんなところで?」と思った。国道41号線の流葉スキー場近くに「西」という交差点があるのを記憶していて、その近辺で一番開けた場所という印象があったので戸惑いを感じたのだ。

「西」交差点(Googleマップ ストリートビューより)
「西」交差点(Googleマップ ストリートビューより)

 翌年だったかに、地名を頼りに探してみたが手がかりさえつかめなかった。ところがその後、神岡町の山田、大笠、伏方で次々にポイントを見つけ、気付けば最初に知った西だけが採れないまま残った。昨年出版された「飛騨のギフチョウ」の中に探索記がいくつか書かれていて、そのひとつに「神岡町西」の探索記がある。これを読みながら、絶対この場所だけは落とさねばとメラメラと闘志が湧いてきた。私がこれほどまでに「西」にこだわるには訳があった。雅恵の旧姓が「西」なのだ。(←バカバカしくて読む気が失せたでしょう。)

 というわけで、午前中「雅恵ポイント」でひと山当てたので、午後は「雅恵の旧姓ポイント」を探そうというのだ。あらかじめGoogleマップのストリートビューで「下見」がしてあった。さらに、地形図で目星が付けてあり、絶対、間違いなく、きっと、おそらく、多分、もしかして、ひょっとすると、ここじゃないかな?という尾根があり、強引に藪こぎで登ってみた。はて、さて、まるで見当違いのカンカラカンの山だった。茫然自失・・。

 目星を付けていたこの尾根でまるっきり外してしまうとすぐ隣の尾根にはもう登る気がしないし、西は以前一度探しているので、こうなると正直探すところがあまり残っていない。そして僕は、途方に暮れる・・。

 いい天気だ。風が爽やかだ。小鳥のさえずりを聞きながら、乾いた尾根から向こうの山をぼんやり眺めていた。―― と、その時、私の目は一点に釘づけになる。あの森は、あの森はいったい何だ。大きな山の麓のなだらかな斜面に、深い森がたたずんでいる。今いる場所を含めて周辺はどこもブッシュだったり雑木林だったりアカマツ林だったりだが、その場所だけが「林」でなく「森」だった。

 行ってみると、いい感じの森の中に道が続いている。森の中にはミズバショウの咲く湿地まであって、もう絶対ここに違いないと確信していた。時間的にはかなり遅かったが、深い森の中の小さなひだまりで、1頭のギフがちゃんと私を待ってくれていた。

[記録]2016年4月16日(土) 同行者 雅恵

岐阜県飛騨市古川町野口 ギフ 28♂2♀(内17♂1♀雅恵採集)

岐阜県飛騨市神岡町西 ギフ 1♂

 


■ 4月23日(土) 飛騨市古川町数河高原のギフ

 数河高原では古くからギフの記録があり、近年も採れているらしい。しかし、メジャーなポイントはないし、沢山採れたという話も聞かない。地形図を広げると、一番良さそうな場所にゴルフ場が鎮座しているほか、スキー場や別荘地など古くから観光地開発が進んでいる様子が見てとれる。広い数河高原の、きっとどこかで細々と生き残っているのだろう。そんなふうに想像していた。

 前年の5月2日、五月晴れの絶好のコンディションの中、神岡町大笠でコケて午後から一発逆転狙いで数河へやってきた。暑いぐらいの天気なのに各所にまだ残雪が多く、ギフもいなければカンアオイも見つからず、2-3か所探しただけで手がかりも手ごたえもなかった。しかし、そのときは残雪のために十分探せなかった1か所の林道が、「カンアオイは見つからなかったけれど、もしこの近辺で発生しているとしたら、きっとここに上がってくる・・かも?」という希望的観測で、この日再度挑戦することにする。

 目的の林道近くまできたところで道が二股に分かれており、どっちだったか分からなくなってブレーキを踏んだその時だった。

雅恵「あれ、ギフじゃない?」

見ると、日当たりのいい土手のようなところで小型の蝶が2頭で絡んでいる。

私 「テングだよ、テング」

雅恵「ギフよ、ギフ」

私 「!」

 あわてて車を飛び降り駆け寄ると、何とギフが3頭でもつれ飛んでいる。雅恵と1頭ずつ採集したが、もう1頭には逃げられた。手に取ってみるとやけに小さな個体だった。(まさか、だからテングチョウと見間違えたって言い訳じゃないよね。)この後、何頭か追加したところで出なくなったので、当初の目的の林道へ移動することにする。それにしてもこんなに簡単に見つかるなんて・・。

 目的の林道は先ほど採集した地点のすぐ上部に当たり、下で発生した個体が上がってくるはずだ。今ごろ上にはいっぱい溜まっているに違いない。やっぱり自分の目に狂いはなかった(ギフとテングを見間違えたくせに、よく言うよ)。こうして、もう採ったも同然とばかりに自信満々、目的の林道を進むと、今年は残雪もなく車で簡単に入ることができた。しかし、すぐに1ペア採れたもののなぜか後が続かない。早めの昼食をとりながらしばらく粘ったが、結局それっきりだった。

切株上に生えた盆栽風ウスバサイシン
切株上に生えた盆栽風ウスバサイシン

 仕方なく初めの場所へ戻る。発生地ならすでに出払っている時間帯で多くは望めないと思ったが、どうした訳か朝よりも増えている。採っても採っても退屈しない程度にパラパラ飛び出してきた。

 食草はカンアオイと思い込んでいて付近の湿地の周りなどを中心に探したが見つからず、林内を探したらサイシンがあった。道理で、昨年一生懸命探して見つからなかったときは、残雪が多かったのでサイシンは芽吹いていなかったのだろうと合点がいった。思いのほか簡単にポイントが見つかったが、写真のとおりサイシンはかなり葉を広げており、ギフは最盛期でややスレた個体が多かった。少し粘りすぎたので移動することにする。

 

 次に向かった場所も数河高原で、まずまずといった雰囲気の林道を目を光らせながらゆっくり車を進める。林の向こう側へ出てしまったので、Uターンして少し戻ってきた時だった。

雅恵「あれ、ギフじゃない?」

雅恵が言う方向を見るが私の目には入らない。とりあえず、雅恵が「向こうのクマザサの上を飛んでいた」という方へ探しに行く。しばらく探しても見つからないのであきらめて戻ろうとしたその時、私のブルーネットめがけて真っ直ぐ飛んでくるギフを発見! 難なくゲット。残念ながら少しボロだった。

 いることが分かったので、この場所にトラップを仕掛けて雅恵を待たせ、私は周囲へ探しに行く。晴天の正午過ぎで、お決まりのように杉林の中のスポット状に日のあたる場所で2頭を見つけたが1頭はボロで鳥食われ、もう1頭は振り逃してしまった。元の場所へ戻ると、雅恵も1頭来たが採れなかったという。

 2頭ネットしただけだが、どうも鮮度が悪いようだ。地形図で確かめると午前中の場所と標高は変わらないが、食草が見当たらないということは下で発生したのが上がってきているらしい。それなら粘っても仕方がないので移動することにする。

 

 もう1か所気になっている場所があるので行こうとして、国道41号線を走らせながら林道の入口を横目で探したが見つからないまま通り過ぎてしまった。Uターンしようと、いったん左の路肩に車を停めたその時だった。

雅恵「あれ、ギフじゃない?」

助手席でつぶやく雅恵のこのセリフ、実に今日3回目である。でも、まさかまさか。だって、ここは国道41号線だよ。田舎の「酷道」ならいざしらず、今や「ノーベル賞街道」として脚光を浴びる(←全然関係ない)天下の1級幹線国道だって。だいいち、いままで幾度となくこの付近を通っていて、まさかこんな道路の道端をギフが飛んでいるはずがない。

幹線国道の目と鼻の先に、良好なギフの環境があった。
幹線国道の目と鼻の先に、良好なギフの環境があった。

 でも、そのあるはずのないことがあった。そして、国道から一歩林内に足を踏み入れると、写真のような極めて標準的で典型的で教科書に出てきそうなくらいスタンダードなギフのポイントが、そこにあった。足元には芽吹いたばかりのサイシンがあり、新鮮なギフが次々飛来した。しかし、残念無念。ちょうどこのころから雲が広がり始め、たった15分ほどで日が陰ってジ・エンドとなってしまった。

 これまで数河では何ら手がかりらしい手がかりもなく、今日一日、悪戦苦闘する覚悟でやって来た。それが結果は、いとも簡単に新ポイント3か所を発見。それにしても、今までいったいどこを探していたんでしょうねえ。

[記録]2016年4月23日(土) 同行者 雅恵

岐阜県飛騨市神岡町西 ギフ null

岐阜県飛騨市古川町数河(1) ギフ 21♂3♀(内15♂雅恵採集。他1♂鳥食われリリース)

岐阜県飛騨市古川町数河(2) ギフ 1♂ボロ(他1♂鳥食われリリース)

岐阜県飛騨市古川町数河(3) ギフ 6♂1♀(内2♂雅恵採集)

 


■ 4月30日(土) 高山市荘川町のギフ (パート1)

 昨年5月5日、しびれるほどの五月晴れの一日を荘川で棒に振った。新ポイントを開拓しようと一日中歩き回り、ギフはおろか1株のカンアオイさえ見つけられなかったのだ。そのときは翌週も行く予定だったが、さすがに足が遠のいた。

 あれから1年、気を取り直してリトライ。のはずが、ひるがのSA付近を走行中に急に気が変わって、荘川ICを通り越して清見ICまで来てしまった。夏厩付近で以前から気になっている場所があったので、少し覗いてみようというのだ。結果は全く何の成果もないばかりか、予想以上に季節が進んでいて完全に時期を逸していた。「予想以上に・・」もなにも、つい1週間前にも付近を通っているというのに、いったい何やってんだ、このバカ。

 どうやら昨年の惨敗がトラウマになっていて、荘川へ行くのがイヤみたいだ。でも、他に行く所もないので仕方なく荘川に戻る。初めに立ち寄ったのが、昨年の下見で唯一可能性を感じた場所。カンアオイはないが「もしかしたら下から上がってくるんじゃないかな」と、根拠もないけどそう思った。行ってみると、本当にいた! それも2頭いて、夢中でネット。しかし、2頭とも結構なボロだった。朝から気が重かったのがこれで急に元気が出て、昼ごろまで粘ってまずまずの成果。しかし、残念ながら♂の半数はボロで、この時点で平年より2週間以上発生が進んでいるという印象を受けた。

あるところにはいっぱいあるのに、周囲には全くなかったカンアオイ。
あるところにはいっぱいあるのに、周囲には全くなかったカンアオイ。

 この後、昨年は残雪のために入れなかった林道へ行ってみる。車をゆっくり進めながら、良さそうな場所でさらに徐行していると、いみじくも雅恵が言った。

「ここ、良さそうよ」

さすが、長年私の道楽に付き合っていると目が肥えている。さっそく車を停めて緩やかな斜面に足を踏み入れると、カンアオイがズクズクに生えていた。昨年あんなに探し回って見つからなかったのに、こうも簡単に見つかるとは。

 この場所に雅恵を待たせ、いつものように私は周辺へ探しに行く。しかしどうしたことか、地形図で見たとおり周辺には平坦な地形や緩やかな斜面が広がっていて、しかも明るい林で小川も流れていて、いかにもそこらじゅうカンアオイがありそうなのに、なぜか最初の場所だけズクズクにあって他の場所には全くない。あの場所とこの場所と、何がどう違うというのか。本当にカンアオイは気難しがり屋さんである。それにしても、昨年の惨敗とこの日の成果は紙一重と感じた。

[記録]2016年4月30日(土) 同行者 雅恵

岐阜県高山市荘川町牛丸 ギフ 9♂1♀(内3♂雅恵採集。内4♂リリース)

岐阜県高山市荘川町野々俣 カンアオイ確認

 


■ 5月1日(日) 高山市荘川町のギフ (パート2)

 荘川は少し時期が遅そうなので他へ行こうかとも考えたが、昨日見つけたつけた場所が気になって仕方がないので、結局また同じ場所に来てしまった。昨日あれほど足が向かなかった荘川なのに、現金なもので・・。

 この日の予報は「晴れ時々曇り」のはずが、朝、荘川の道の駅で目覚めると小雨が降っている。慌てて天気予報を確認すると「晴れ」に変わっていた。これをどう理解すればいいのだろう。

 やきもきさせられたが、ポイントに着いた8時半ごろからなんとか晴れてきた。間もなく、ややスレの♂を採集。しかし、後が続かない。そうこうするうちミヤマカラスアゲハなんぞが採れてしまうと、やっぱり時期が遅かったかという気がしてくる。あきらめて撤収しようとしていたところで、ひょっこり未交尾♀が現れて、なんとか1ペアの成果となった。来シーズン、適期に出直すこととする。

 

 この後、六厩へ転戦する。えっ、いくらなんでも5月1日では早いんじゃない?と言われそうだが、昨日の朝、夏厩から荘川へ戻る途中で通った国道158号線沿いの六厩の様子は、そろそろ出るのでは?と予感させるものがあった。

 女滝へ着くと、なんといるではないか、先客が。気が早いのは私だけではなかった。この人の話によれば、もうすでに出ているという確かな情報があるとのこと。ということは、今年の六厩は4月中に発生が始まったことになる。

 この日は朝のうちこそ小雨も降ったりして雲が多かったが、全体的には回復基調で「晴れ」の天気だった。しかし、午前10時ごろ着いたときの女滝は曇っていて気温も低かった。その後、徐々に青空が広がってきたのに、女滝の上だけ雲が取れずなかなか晴れてこない。地形と風向きの関係と思うが、嫌がらせのようにちょうど太陽のいるところにだけ次々雲が発生してへばりついているのだ。

 いつまで経っても日が照らないので業を煮やして六厩の湿地へ行ってみると、なんと、目と鼻の先なのにこちらはよく晴れている。ただ、残念なことに東海北陸自動車道の工事が拡大してダンプの出入りが激しく、ますます環境が悪化している様子だった。それにしてもあまりによく晴れていて、キツネにつままれているような気がして女滝に舞い戻ってみると、さも当然のように曇っていた。

 女滝のポイント近くで、初めて鹿(雄1頭)を目撃した。これが悪魔の遣いでないことを祈る。

[記録]2016年5月1日(日) 同行者 雅恵

岐阜県高山市荘川町野々俣 ギフ 1♂1♀、ミヤマカラスアゲハ 1♂

岐阜県高山市荘川町六厩女滝 ギフ null