2017年採集日記(下)


■ 6月4日(日) 南信地方のベニモンカラス

 2年前、まだ見ぬ恋人ベニモンカラスシジミを探し求めて南信濃の遠山川の渓谷へ入り、目の前の下草に静止していたのを採り逃がして自己嫌悪の淵に溺れ沈んだ。そのときの場所へ、大事な忘れ物を探すかのように、またしてもやって来てしまった。あのとき確かにベニモンカラスが止まったその場所にキャンピングチェアを置いて雅恵を座らせ、私は周囲をうろうろ探して歩くという、何の能もないベタな作戦である。

 午前中から粘りに粘って何も得られず、いい加減嫌気がさしてきた午後2時半。崖の上の方に咲いているガマズミの一番てっぺんの花に、灰褐色の小さなシジミが来ているのに気づいた。高くてよく確認できないが、6.3mの磯玉を目いっぱい伸ばすとギリ届いた。神様ありがとう。そうつぶやきながら軽くすくってネットに入れたつもりが、なぜか入っていない。なぜだ。神様のバカヤロー!

 あれは絶対ベニカラだった。絶対そうに違いない。もったいないことをした。悔しい。情けない‥。

ガマズミで吸蜜するトラフシジミ(春型)。
ガマズミで吸蜜するトラフシジミ(春型)。

 またしてもやらかした失態に再び自己嫌悪の淵に溺れもがいていたとき、先ほどと目と鼻の先の場所で地上4mほどの高さのガマズミにシジミが来ていた。ベニカラか! でも少し様子がおかしい。よく見るとトラフシジミだった。

 もしかしてさっきのもトラフか? いや違う。そもそもトラフは一回り大きいし、いくら遠くてもトラフなら縞模様が見える。いやいや、きっと見間違いだ。トラフだったんだよ。いや絶対違う、トラフなんかじゃない‥。

 覆水盆に返らず。逃げた蝶はネットに戻らず。余計なヤツが出てきたおかげで、なんだか筋書きが台無しだよ(←蝶に八つ当たり)。

[記録]2017年6月4日(日) 同行者 雅恵

長野県飯田市南信濃  ベニモンカラス null 

 


■ 6月17日(土)・18日(日) 南信地方のキマダラルリツバメ

 6月4日の南信濃はヒメウツギは散りはてだがウツギは未開花、イボタも蕾ふくらむといったところで、時期が合っているのかどうか正直よく分からなかった。その後季節はかなり進んでいるようでギフチョウの発生も平年より早めに推移していたので、そろそろ南信のキマルリの適期と予想した。

クリの花は満開前(南信濃)。
クリの花は満開前(南信濃)。

 現地に着くと意外にクリが咲いておらず、多少フライング気味の気配。右の写真のクリは比較的咲いている方で、もっと花房の固いものも多かった。

 嫌な予感が的中し、叩いても叩いても全然飛ばない。それでも午後からは単発的にテリ活動が見られ、なんとか1♂だけ確保した。

 この日の午前中はカンカン照りでよく晴れていたが、午後からは雲が出て晴れたり曇ったりの天気となった。日が陰ると途端に風が出て、何かのたたりのように強風が吹き荒れた。再び日が照ると風はピタッと止んででカンカン照り。再び陰ると同時に強風が吹き荒れ、照るとカンカン照り‥。これを3回ほど繰り返すうちに、キマルリはまともに飛べないまま本日の予定終了となってしまった。

 翌18日は終日曇りの天気。南に下った天龍村の方がクリの開花が進んでいたので、この方面を中心に探したがサッパリ。結局午後のテリタイムには前日の南信濃のポイントに舞い戻ってしまったが、日照がないと明確なテリ活動がないようで、低調だった前日よりもさらに低調に終わった。丸2日間頑張って1♂のみ。トホ‥。

[記録]2017年6月17日(土) 同行者 雅恵

長野県下伊那郡天龍村各地 キマダラルリツバメ null

長野県飯田市南信濃各地  キマダラルリツバメ 1♂

[記録]2017年6月18日(日) 同行者 雅恵

長野県下伊那郡天龍村各地 キマダラルリツバメ null

長野県飯田市南信濃各地  キマダラルリツバメ null

 


■ 6月24日(日) 滋賀県長浜市のフジミドリ

 当地では2014年にヒサマツでひと山当てたが、その後はフジミドリ狙いで何度も痛い目にあっている。ヒサマツとフジでは発生期に10日以上差があると考えていたが、どうやら実際には1週間も違わないらしい。というか同じ場所とはいえヒサマツは下で発生したものが尾根まで上がってきているのに対してフジは尾根で発生していると思われるので、そもそも発生場所に標高差がある。その点を十分考慮していなかったため、2年にわたってフジ狙いでフライングを繰り返した。

 そこでこの日はヒサマツの発生初期ぐらいのタイミングでフジを狙った。残念ながらこの日は終日曇りの天気でほぼ日照がなく、夕方4時頃からようやく薄日が差し始めた。ヒサマツは日照がないと全く飛ばないし、フジは日照がなくても飛ぶが止まってくれない。やっと薄日が差し始めた夕方4時の時間では、木の高い場所にしか日が当たらず手も足も出なかった。

 ポイント付近のクリは花穂は伸びているがまだ全く咲いておらず、感触としてはフジは発生初期、ヒサマツは未発生。予想としては1-2日後がフジの採集適期でヒサマツは1週間後。先週のキマルリといい、発生が少し遅れているようだった。

ドングリをたくさん実らせたブナ。
ドングリをたくさん実らせたブナ。

 この日のポイント周辺のブナは写真のようにドングリの実をたくさんつけていた。こんなにも実ったブナはこれまであまり見た記憶がない。当地だけなのか各地ともそうなのか、ブナが豊作だと来シーズンは子連れのクマと遭遇する確率が高くなる? などと今から要らぬ心配をしたりして‥。

[記録]2017年6月24日(日) 同行者 雅恵

滋賀県長浜市某所 フジミドリシジミ null  スミナガシ 1♂  ゴイシシジミ 1ex.

 


■ 7月8日(土)・9日(日) 長野県関田峠のフジミドリほか

 5月29日の野々海池の採集日記で次のように書いた。

「もしかして今年の当地のギフの発生は6月下旬か? ということはもしかしたら『7月ラベルのギフ』が狙えたりなんかして‥」

 その時から、だまされたと思って7月1・2日(土・日)に様子を見に行こうと決めていた。しかしながら残念なことにこの両日は最悪の天気となり、さすがに大雨と分かっていて350kmの距離を様子見に行く気はせず断念。1週間遅れのこの日ではギフチョウはかすりもしないだろうが、フジミドリやその他のゼフを狙って行ってみることにする。

ノイバラで吸蜜中のヒメシジミ ♂。
ノイバラで吸蜜中のヒメシジミ ♂。

 7月8日(土)は梅雨明けを思わせる青空が広がって猛烈に暑くなり、現地が近づくにつれ夏枯れのような景色が車窓に広がった。

 それでも関田峠の中腹に位置する田茂木池に到着すると、周囲にはわりと良好な環境が残されていて久しぶりに多数のヒメシジミが出迎えてくれた。

 午後からはフジミドリを狙って関田峠へ行く。関田峠の標高は1,114mなので大したことはないが、豪雪地帯でしかも峠が日本海からの冬の季節風の通り道になっており、その影響で峠付近だけブナの樹高が低くなっている。以前、7月中旬にフジミドリを狙いに行って、数は多かったがボロばかりだった経験がある。フジミドリは羽が痛みやすいようで時期を当てるのが難しいが、この日は出始めなのか数が少なく、かろうじて1♂確保してnullをまぬがれた。

今どき珍しくよく管理された農道。
今どき珍しくよく管理された農道。
葉上でテリトリーを張るジョウザンミドリシジミ ♂。
葉上でテリトリーを張るジョウザンミドリシジミ ♂。

 田茂木池の近くで今どき珍しいよく管理された農道を見つけたので翌朝行ってみると、多数のジョウザンミドリシジミがテリトリー活動をしていた。樹高が低いので撮影にはもってこいだが、何しろコンデジで撮っているのでなかなかピントが合ってくれない。少しピントが甘いがこれが一番まし。

 そうこうするうちにミヤマクワガタやミドリカミキリなんて輩(やから)が出てくると、昆虫少年の血が騒いでつい嬉しくなってしまう。

こういうのがいるとつい嬉しくって‥。(ミヤマクワガタ)
こういうのがいるとつい嬉しくって‥。(ミヤマクワガタ)
こういうのがいるとつい嬉しくって‥。(ミドリカミキリ)
こういうのがいるとつい嬉しくって‥。(ミドリカミキリ)

コシノカンアオイ(関田峠)。
コシノカンアオイ(関田峠)。

 今年の関田峠や野々海池周辺で7月にギフチョウが飛んでいたかどうかは、この両日の様子からは懐疑的な気がする。なにしろ中腹の田茂木池付近は、とうに梅雨が明けたかのような夏景色そのものだった。でもそんな中でもボロボロのウスバシロチョウは飛んでいた。

 

 関田峠で会った甲虫屋さんから有力な情報が得られた。2週間前、つまり6月24・25日(土・日)に訪れた際には峠付近でギフチョウが飛んでいたというのだ。さらには蝶屋さんも来ていたとのこと。

 関田峠付近の尾根筋にはコシノカンアオイが自生しているが、ここではギフは発生しておらず下から上がってくるのだと聞いたことがある。本当だろうか。以前この話を聞いたときには、そんなことがあるはず無いと思った。現にギフが飛んでいてカンアオイがあるのなら、必ずそこに産卵するはずだ。

 しかし今回、現地を見て少し合点がいった気がした。この場所を2週間前にギフが飛んでいたなら今ごろは若齢幼虫がいてもおかしくないはずだが、少し探したがみつかりそうにない。カンアオイはとっくの昔に古葉になっている。2週間前に母蝶が産卵しようとしたときに、すでにに古葉だったろう。つまり、この場所の季節のサイクルとギフチョウの発生サイクルが合っていないのだ。

 

 ところで、9日(日)の午後から立ち寄った野々海池の様子も関田峠と同じくで、完璧に夏だった。下の写真、左が5月29日の野々海池で右が今回。全く同じ場所だが、木が茂って池が見えなくなっている。たった1月半でこれほどまでに変わろうとは‥。

2017年5月29日の野々海池。
2017年5月29日の野々海池。
2017年7月9日の同所。
2017年7月9日の同所。

コシノカンアオイ(野々海池)。
コシノカンアオイ(野々海池)。

 野々海池では周辺のブナの林床などにコシノカンアオイが見られる。ここではギフが発生していると聞いたことがあるが、野々海池の標高は約1,050m。目と鼻の先で標高もほぼ同じ関田峠で発生できず当地で発生できるとしたら、そのメカニズムは何か?

 それにしても、日ごろヒメカンアオイを見慣れているのでコシノカンアオイのデカさたるや呆れるほどである。

[記録]2017年7月8日(土) 同行者 雅恵

長野県飯山市田茂木池 ジョウザンミドリ 2♂

長野県飯山市関田峠 フジミドリシジミ 1♂ 

[記録]2017年7月9日(日) 同行者 雅恵

長野県飯山市田茂木池 ジョウザンミドリ 6♂  ヒメシジミ 10♂7♀

 


■ 8月24日(木)- 27日(日) マレーシア・コタティンギ

 マレーシア・ジョホール州コタティンギ郊外のパンティ・フォレストへ、現地3泊4日で採集に行ってきた。当地は実に17年ぶり5回目となる。各地で低地のジャングルが失われつつある中で、当地は低標高の丘陵地帯にまとまった広さのジャングルが残る。

コタ・ティンギ郊外パンティ・フォレストの位置(Googleマップに加筆)。
コタ・ティンギ郊外パンティ・フォレストの位置(Googleマップに加筆)。

 とはいえ、17年ぶりともなると当然のことながらかなり開発が進んで様子が変わっており、さらには下の写真のように今もなお開発が進行していてこの先心配である。

ジャングルを切りさいて建設中の道路。
ジャングルを切りさいて建設中の道路。
交尾中のペレーアコイナズマ(Tanaecia pelea)右が♂。
交尾中のペレーアコイナズマ(Tanaecia pelea)右が♂。

 成果としては、T.iapisT.peleaなどのTanaecia属(ヒメイナズマの仲間)が多かった以外は全体的に蝶が少なく、特にシジミは少なかった。おまけに毎度のことながら今回も雨が多く、結構ひどい目にあった。

 すでに採集記(?)をアップしたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。

 パンティ・フォレスト探蝶記(内部リンク)

[記録]8月24日(木)-27日(日) 同行者 雅恵

西マレーシア・ジョホール州 コタティンギ近郊

エサカマネシジャノメ 1♂、ミアーミスジ 1♂、カンダイナズマ 2♂4♀等々、4日間で137頭採集。