2018年採集日記(下)


■ 5月25日(金) 荘川町六厩のギフほか

《荘川町六厩》

 1か月ぶりに飛騨へ行くにあたって、まずは六厩へ様子を見に行く。今年の飛騨は、開幕直後の4月下旬で平年より実に2週間ほど発生が進んでいた。5月に入って天候不順の日が多かったので、いくらなんでもまだ2週間も進んではいないだろう。六厩の状況次第で、翌日に深洞湿原へ行くか、自重して来週に延ばすかを決めることにしていた。

 さて、六厩に着いて女滝ポイントへと車を進めていくと、何だか周囲は予想以上に夏景色だ。これまで何度も六厩に来ているが、これほど夏景色な六厩は初めての気がする。これではいないだろうなと思いきや、それでもいた!採集者が。そもそも今日は平日だよ。午前8時半少し前に着くと夫婦連れの採集者がベストポイントを押さえていたので、少し手前に車を停めてやらせてもらうことにする。

 午前8時45分。最初のギフがトラップに飛来したが、気付くのが遅れて山の側に飛んでいってしまった。午前9時。気温がぐんぐん上がり、2頭目、3頭目が現れていいはずのコンディションなのに現れない。この頃、遅れてやって来た採集者が一人加わり、さらに遅れて夫婦連れもやってきたが、様子を見ただけで少し会話を交わしてすぐに転戦していかれた。その後、皆さん次々に転戦していき、午前10時、最後に私が撤収してそして誰もいなくなった。この日の女滝、全員で1♂カケのみ。発生の最終盤だったと思われる。

 

《河合町二ツ屋》

 六厩を午前10時に撤収し、明日の行き先は迷わず深洞湿原に決まった。しかし問題は今日これからだ。今から時期的、時間的に間に合うギフのポイントなんて思い浮かばない。そこで仕方なくこの日はミヤマカラスアゲハ狙いに切り替えることにして、まずはギフの探索で行った覚えのある上小鳥川林道へ行くことにする。林道入口付近でウスバシロが飛び交うのを見ると、この先の林道でミヤマカラスが群れ飛ぶ姿が思い浮かぶようで気分が高まる。

 ところが林道を奥へと車を進めると、どうもミヤマカラスの匂いがしない。吸蜜に来るような花がないし、路上に水が染み出して吸水に来そうな場所もない。そもそも季節が合っているかどうかも怪しくなくなってきた。

 そこで、思いきって二ツ屋への転戦を敢行する。二ツ屋なら下から上までミヤマカラスの環境で、しかも下と上とでかなり標高差があるのでどこかが適期に違いない。実際、二ツ屋谷の入口付近は標高500mほどで、一番上の楢峠の標高は1228mある。

  しかし、いざ現場に着いてみると、情けないことにどの付近が適期なのかサッパリ分からない。車で流していても黒いアゲハをほとんど見かけないし、吸蜜植物はここでも見当たらない。仕方なく適当に車を停めて、とりあえず道ばたで昼食をとることにする。こんなこともあろうかと今日は赤ネットを持参したので、トラップがわりに目立つ場所にこれを置いて‥。

 すぐだった。腰を降ろすが早いか、私の目の前をミヤマカラスが林道に沿って上から下へと飛んでいった。赤ネットには目もくれずに通過。慌てて追いかけ、急な坂道を全速力で駆け下り、なんとか追いついて走りながらネット一閃、見事空振り。足がもつれて転ばなくて良かったよ。

 この後、道沿いで小○トラップに飛来した新鮮な1♂を得たものの、あまりに低調なので楢峠の向こう側へ行ってみることにする。峠の向こうは北側斜面のためまだ晩春の装いで、傷んだギフチョウが時おり飛び出す。ということはミヤマカラスにはやや早いということだ。それでも沢にかかる橋に立って何げなく後ろを振り向いた瞬間、目の前を通過しようとするミヤマカラスにネットが反応し見事仕留めた。しかし、結局はこの1頭だけで他は見もしなかった。

セリ科の草本で吸蜜中のサカハチチョウ(春型)。
セリ科の草本で吸蜜中のサカハチチョウ(春型)。

 再び二ツ屋の側へ戻って道を下り標高615m付近まで来たところでタニウツギが咲いていた。もしかすると、この付近の方が適期だったかもしれない。しかし、時刻はすでに午後3時近く、ミヤマカラスは1頭見かけただけに終わった。明るい斜面の草地にセリ科の草本が小さな白い花を無数につけており、これにウスバシロやサカハチチョウ、キアゲハなどがせわしなく吸蜜に訪れていてしばし目を楽しませてくれた。

 なお、この日ミヤマカラスアゲハ2♂(新鮮)を採集した地点の標高は830mと1218mだが、後者は下で発生したものが沢沿いに上がってきたと考えられる。

[記録]2018年5月25日(金) 同行者 雅恵

岐阜県高山市荘川町六厩女滝 ギフ 1頭目撃

岐阜県高山市清見町上小鳥川林道 ウスバシロチョウ 多数目撃

岐阜県飛騨市二ツ屋 ミヤマカラスアゲハ 1♂ ウスバシロチョウ 多数目撃

岐阜県飛騨市楢峠 ミヤマカラスアゲハ 1♂ ギフチョウ(ボロ)数頭目撃

 


■ 5月26日(土) 飛騨市深洞湿原のギフ

 深洞湿原のギフの適期は、平年で6月5日過ぎぐらいだろうか。だとするとこの日は10日以上早い計算になる。いくら今シーズンは季節が進んでいるといっても、これだけ早いとフライングの恐怖が頭をよぎる。なにせ深洞はアプローチが長く登りもそれなりにキツいので、せっかく行ってフライングだと悲しい。というわけで前日に六厩へ様子を見に行ったのだが、そこで意外な情報を耳にした。

 今年の飛騨は最悪。―― 現れないギフに退屈して朝から何人かが集まってダベっていると、誰とはなくそういう話になった。どこも発生量が少なく、全くいい話を聞かないという。

 はて本当だろうか? 私自身、今シーズンの飛騨は4月下旬の神岡はむしろ好調で、その後は福井に通っていて5月の飛騨へは行っていない。だから「最悪」と言われてそれを否定する理由も根拠もないが、5月の福井もまずまず好調だったことを思うと、5月の飛騨が「最悪」とはにわかに信じ難い。話を総合すると、どうやら今年の飛騨は残雪が多めのところへ3-4月がこれまで経験ないほどの高温で、さらに5月が寒暖の差が激しかったために季節をつかむのが難しかったのではないだろうか。

 ここで、一人で勝手な想像をした。情報日照りの私と違って皆さんは情報が早いので、「今年の飛騨は最悪」という情報が巷に飛び交っているとしたら、深洞は人が少ないかもしれない。時期はバッチリで天気も申し分なさそうなので、これで人が少なかったら‥しめしめ。勝手にほくそ笑んで、いざ出陣。

湿原に敷設された木道。
湿原に敷設された木道。

 さて、この日は土曜日で、しかも天気予報は晴れで降水確率0%、高山市の予想最高気温は30℃というトンデモ日和だというのに、深洞の湿原ポイントには本当に我々を含めて3組6人しか入っていなかった。しかし、時期は予想が外れてまさかのやや遅めで、♂はほとんどがスレや退色があった。しかも午前中は次第に雲が出てきて、一番のゴールデンアワーには曇ってしまい低調となった。それでも昼前からなんとか日照が戻り、このころから♀が多くなった。「しめしめ」とほくそ笑むほどの大成果にはならなかったが、まずは十分満足の成果となった。

[記録]2018年5月26日(土) 同行者 雅恵

岐阜県飛騨市神岡町深洞湿原 ギフ 16♂11♀(内7♂5♀雅恵採集。1♀未交尾)

 


■ 6月2日(土) 飛騨市飛越新道のギフ

飛越新道は倒木が多かった。ムラサキヤシオが若葉に映えて美しい。
飛越新道は倒木が多かった。ムラサキヤシオが若葉に映えて美しい。

 6月1日の有峰林道の開通を待ってこの日は祐延湖へ行くつもりだったが、先週の深洞湿原の様子からして祐延はもう遅い気がする。でも、このまま今シーズンのギフを終了するには名残惜しいので、最後の悪あがきで飛越新道を歩くことにした。 

 飛越新道は噂には聞いていたが不思議な所で、尾根道なのにミズバショウが咲いている。どうやら土壌が粘土質で、そのため尾根なのに小さな水たまりほどの湿地が点々とあってミズバショウが咲いているらしい。そんな場所では今にもギフチョウが飛び出してきそうな雰囲気だが、全然出てこない。そもそも湿地はあってもカンアオイは探した限りなさそうで、ここで採集されるギフは水の平などから上がってくる個体なのだという。この日の飛越新道は、標高1700mのピークでさえ完全に夏景色で時おりミヤマカラスが上がってくるだけでギフは来そうになかった。要は平年より2週間早く発生が始まった今シーズンの飛騨ギフは、5月は寒暖の差が激しかったものの平均すれば平年並みの気温だったため、結局は2週間進んだまま終わりを迎えたらしい。

 さて、この後、早々に下ってミヤマカラスを探すことにする。先週久々にミヤマカラスをやって、なんだか “目覚めた” 気がする。地形図で当たりをつけて、標高1000m付近の沢沿いの林道へ行ってみる。林道入口にはチェーンが張ってあったので歩いて入ると、沢沿いに深い森や明るい林が混ざる良い感じの環境だったが、所々でウスバシロが群れ飛ぶだけでミヤマカラスの姿はなかった。ミヤマカラスに関して圧倒的に経験不足のため、良さそうな環境なのになぜいないのか、この時は全く分からなかった。

 あきらめて車でかなり下ってきたところで、気になる林道が目について車を停める。車を降りて間もなくだった。タニウツギにミヤマカラスが来ているのに気付き、駆け寄ってとっさに振ったネットになぜか獲物は入っていなかった。車から見ていた雅恵に笑われた。花に来ているミヤマカラスは♀の可能性があるので、振り逃がしは悔しい。しばらく粘ったがすでに時間的に遅く、再び来ることはなかった。

[記録]2018年6月2日(土) 同行者 雅恵

岐阜県飛騨市神岡町飛越新道 ギフ null

岐阜県飛騨市神岡町打保  ウスバシロチョウ 多数目撃 ギンイチモンジセセリ 1ex.目撃

 


■ 6月3日(日) 高山市上宝町のミヤマカラスアゲハ

 この日はどこへ行こうか散々迷った挙句に、昨日最後に振り逃がした場所へ未練たらしく舞い戻った。

 朝、道端で腰を下ろして靴紐を結んでいると、いきなり背後から頭上をかすめるようにミヤマカラスが飛んでいく。不意を突かれて手も足も出なかったが、これは幸先いいかもしれない。

 少し行った先で橋の上から何気なく下をのぞくと、渓流沿いの草付きを舐めるように飛ぶミヤマカラスの姿が目に入った。何をしているのか付近を行ったり来たりして離れようとしない。上から見下ろすミヤマカラスは、朝の日差しを浴びて息をのむほど美しく輝いて見えた。しばらく見とれていたが、我に返って動画を撮るためポケットからコンデジを取り出してダイヤルを合わせていると、何といきなりこっちへ向かって飛んでくるではないか。慌ててカメラを地面に置き、ネットを拾って一閃!‥と思いきや、おっととっと、とっと、おや? ミヤマカラスは突然目の前でストンと堕ちるように地面に降りた。慎重に上からかぶせて御用。どうやら、足元の橋のコンクリートの臭いに吸い寄せられたらしい。

 朝のうちは道路沿いを飛ぶミヤマカラスの姿を散見できたが、気温が上がった10時ごろにはパタッとその姿を見なくなった。それでもしつこく粘っていると、退屈して集中が切れたころにどこからともなく突然現れる。何とか行動パターンを解明したいと思ったが、たかだか1日程度の観察では何も読み取れなかった。

 ただ、この日採集した4♂1♀のうち4♂はまずまず新鮮だったのに対し、逆に♀は大破していた。この日の採集地点の標高は830-860m。これより上部の標高1000m前後では見かけなかったが、前日1700mのピークへも姿を見せたことを考え合わせると、やはり相当の距離を移動しているものと想像できる。

双六渓谷。
双六渓谷。

 美しいミヤマカラスの写真を撮りたいと思っていたが、個体数が少なく吸水にもほとんど来ないため、結局、採ってばかりで撮ることはできなかった。代わりに、午後からミヤマカラスを探しに立ち寄った双六渓谷が大変美しかったので写真を貼っておく。

[記録]2018年6月3日(日) 同行者 雅恵

岐阜県高山市上宝町金木戸

 ミヤマカラスアゲハ 4♂1♀(内1♀ボロリリース) ウスバシロチョウ 多数目撃

 


■ 9月23日(日) 南知多のナガサキアゲハ ほか

 近ごろ、ヒガンバナで吸蜜するナガサキアゲハの写真をよく見かける。真っ赤な花に漆黒の蝶がよく映えて、一般の媒体にも登場して定番となった感がある。

 私の住む名古屋市内でも温暖化によってナガサキアゲハを見かける機会が増えたが、実のところ私自身はヒガンバナを訪れるナガサキをまだ見たことがない。そもそも子どものころ、名古屋市千種区の自宅付近にクロアゲハやカラスアゲハは珍しくなかったしヒガンバナも普通に咲いていたが、ヒガンバナに黒色アゲハが来ているのを見た記憶がない。クロやカラスの吸蜜植物といえば圧倒的にクサギと、他はオニユリの記憶ぐらいしかない。よく考えると私が子どものころ、つまり半世紀も昔の温暖化が進む前の名古屋では、アゲハ類は年2化で秋には発生していなかったのかもしれない。

ヒガンバナで吸蜜中のナガサキアゲハ♂
ヒガンバナで吸蜜中のナガサキアゲハ♂

 そんな訳で、ヒガンバナを訪れるナガサキアゲハを見ようと知多半島へやってきた。実は前々からヒガンバナの開花とナガサキの発生のタイミングが本当に一致するのか半信半疑でいて、正直ナガサキの発生の方が遅いのではと疑っていた。それが、とあるサイトに南知多でヒガンバナを訪れる多数のナガサキ♀の写真がアップされているのを見つけ、ようやく行ってみる気になった。

 現地に着くと、驚いたことに名古屋では満開だったヒガンバナが、名古屋より温暖と思われる南知多ではまだ5分から7部咲きだった。写真のヒガンバナはだいぶ咲いている方で、全体的には翌週でちょうど良いと感じた。肝心のナガサキアゲハもほんの出始めの様子で、新鮮な2♂を目撃したにとどまった。そのうちの1頭がヒガンバナに来てくれたのは幸運だった。

やってもうた。
やってもうた。

 この日の南知多は、9月初旬に近畿地方を中心に大きな被害をもたらした台風21号の塩害と思われる現象が目立った。森のあちこちで木が枯れているのだ。さらには前述のように思ったほどヒガンバナが開花しておらず、到着直後からテンション下がりっぱなし。こんなときはいつの間にか集中力を欠いていたりする。で、昼前にはご覧の有様。いくら四駆でも前後輪同時に脱輪すると厳しい。あの手この手と尽くしたが脱出できず、結局JAFのお世話とあいなった。JAFを呼んだのは30年近く前に広島県豊松村の山奥でやらかして以来である。あのときも休耕田の畦道のようなところで、バックで戻ろうとして右の前後輪を同時に落とした。まるでデジャヴのようで、要は30年近く経っても全然成長していないということ‥トホ。

[記録]2018年9月23日(日) 同行者 雅恵

愛知県県知多郡南知多町、美浜町各地 ナガサキアゲハ 2♂目撃