夢のヘロン島は夢となり‥ (パート1)


■ 不幸の電話

 その電話は、勤務時間中の私のスマホに着信した。「番号表示不可能」― こんな怪しい電話は出たくない。一瞬ためらったが、虫が知らせたのか出てみると、オーストラリアの旅行社からの国際電話だった。

 結婚25周年の記念に、年末年始の休暇を利用してオーストラリア行きを予定していた。日本人観光客など誰も行かないようなグレートバリアリーフの小さな小さなコーラルケイ(珊瑚礁でできた島)に渡り、広大な珊瑚礁の海と魚とウミガメと海鳥たちに囲まれて、夜は満天の星を眺めながら4泊5日、雅恵と二人ただひたすらゆっくりしようという計画だった

 電話の向こうで担当の女性は第一声こう言った。

 「大変残念なお知らせです」

 今さらそれはないだろう。何があったか知らないが、我々は4か月も前に計画を立て、総額で60万円近い大金を既に支払い、有給休暇も申請して明日の朝には名古屋を出発するばかりになっていた。4か月間何も言ってこずに、この期に及んでいったい何事だ。第一感、オーストラリアの国内線が勝手にフライトスケジュールを変更して、1日1便しかないフェリーの時間に間に合わなくなった、とかいうことが頭に浮かんだ。

 しかし、現実はそんな生半可なことではなかった。電話の向こうの彼女の口から出たのは、目的地のヘロン島唯一の宿泊施設で昨夜遅くに火災が発生し、現在、宿泊客全員が島外に避難しているという驚愕のニュースだった。まだ今後のことは不明としながらも、復旧までには相当かかると思われるので、少なくとも向こう1週間は確実に予約はキャンセルになるという。そりゃそうだろう。そして、次に彼女はこう続けた。

 「どうなさいますか?」

 どうなさいますかって、あなたそんな…。思わず絶句した。一瞬、頭の中が真っ白になった。実は、旅行社で手配してもらったのはヘロン島の宿泊と島への往復のフェリー、それにフェリーの発着するグラッドスト-ンまでのオーストラリア国内線の航空券、それだけだった。日本からオーストラリアへの航空券は自力でネットで押さえていた。しかもキャンセルはおろか一切変更のきかない格安航空券を購入していたのだ。つまり、旅行自体を取りやめても、オーストラリア行きの航空券代金30万円近い金は戻ってこないということだ。30万円をドブに捨てない限りは、何があろうとも行くしかないのだ。すぐにそのことを悟った私は、考えるよりも前に次のような言葉を発していた。

「ケアンズへの国内線は手配できますか? それから、ケアンズ市内のホテルも」

 そう、ヘロン島の対岸の町グラッドスト-ンはちっぽけな田舎町と思われるので、そんなところへ行っても仕方がない。もうひとつ手前がブリスベンなのでそこまで行けば何とかなりそうだが、いかんせんヘロン島へ行くことしか考えていなかったので、ブリスベンのことは何も知らない。ケアンズなら、実は結婚10周年の時に行っている。加えて、なぜかその翌年もまた行ってしまった。つまり、古い話とはいえ14・5年前に2回行っているので、行けば何とかなりそうな気がしてとっさにそう答えた。

 「ケアンズまで行ければ、後は自力で何とかします」

 いかにも旅慣れているような素振りでそう言ってはみたものの、そんなことならもう行きたくないというのがこの時の偽らざる本音だった。今回の旅は向こうで何もせずにのんびりするのが目的だったので、海パン1枚持った以外特別な旅のしつらえは何もしていなかった。「地球の歩き方」は行きの機中で読めばいいと思って2-3日前に買ったばかりで、まだ開いてもいない。心の準備が何もできていなかったのだ。加えて、いちおう英語圏のマレーシアに30回も行っておいて言い訳にもならないが、そもそも英会話はからっきし苦手である。もし、ドブに捨てるのが30万円でなくって3万円だったら、迷わず違う判断をしていた。

 

■ ヘロン島のリゾート火災の報道

ヘロン島のリゾート火災の様子を伝える現地のウェブニュースがあるので、以下に日本語訳を掲載する。ただし、日本語訳は私がしたものなのでデタラメがあると思う。笑わないでね。原文は次のサイトをご覧いただきたい。これを読む限り、火災そのものは大したことはなかったようだが、影響は大きかった。

 news.com.au(外部リンク)

 

(news.com.au から転載)

発電機の出火のためヘロン島を退去

2013年12月26日 午後3時14分

グラッドストーンのマリーナにて、ヘロン島を退去してきた旅行者たちの写真
電力、上下水道システムをダウンさせた火災のため、ヘロン島を去ることを余儀なくされた旅行者たち。グラッドストーンのマリーナにて。

 

400人近い人たちが、グラッドスト-ンの北東80キロのヘロン島の高級リゾートから避難してきている。

 

島のグレートバリアリーフリゾートの発電機が昨夜10時頃出火し、電力、上下水道システムを失っている。

けが人はないが、リゾートの279人の宿泊客と約110人のスタッフは、ボートでグラドストーンへ退去している。

「発電室で火災があり、昨夜10時に発見された。宿泊施設や公共のスペースに損傷はなく、けが人もなかった」と、ヘロン島の広報担当者はCouriermail.com.auに語った。

ヘロン島の全景写真
約500人がヘロン島を退去している。 (※上記では400人がここではなぜか500人になっている。)

ヘロン島の緊急サービスチームが火災を制御し抑制するために懸命に働き、午前2時までに消し止めた。今朝、火災が発電室内で発生したことにより電力と水と衛生設備が失われていることが分かった。

「そして不幸なことに、それは島を閉鎖しなければならないことを意味しました」

広報担当者は、宿泊客は今朝ボートに乗せられ、そして全てこの日のうちに退去し終えるだろうと語った。

広報担当者は、今週リゾートに滞在予定だった宿泊客に連絡を取り、払い戻しが検討されていたと話した。

「予約チームは、本日及び今後2‐3日中に到着予定の全てのお客様に連絡を取っており、また、飛行機で出発するあるいは飛行機で帰ることができていないお客様の手配をするためグラッドストーンのホテルに連絡を取っている」と語った。

「どれほどの影響がありそうか分からない」

「ヘロン島にとってとりわけ忙しい時期、クリスマスです。本当にお恥ずかしい」

最小限のスタッフ21名がリゾートにとどまることとなり、また、発電機の損傷具合を評価するためにチームが「速やかに」島に到着することとなるだろう。

「ひとたび評価が下れば、再開の時期についてお話するにあたり、我々はもっと有利な立場になっているだろう」と、広報担当者は語った。 

ヘロン島は典型的に、オーストラリア人/外国人およそ60/40の国内外からの休暇を楽しむ人たちを魅了している。

 

■ 踏んだり蹴ったり、滑ったり‥

最後にもう一度旅行社に確認したいことがあって着歴からかけようとしたが、なぜかつながらなかった。それどころか、それ以降私のスマホが電話もメールも受信はできても発信ができない状態に陥って、さすがに焦った。この大事な時に。雅恵には既に事の顛末は伝えてあり、家へ帰ったら旅行社からのメールをチェックしておくよう頼んであった。そこへ雅恵からメールが入る。旅行社のメールを見てもバウチャーが分からなくて困っているようだ。

そんなこんなの踏んだり蹴ったりで、年末の挨拶もそこそこに定時で逃げるようにして帰った。あんなに楽しみにしていたのに、全てぶち壊しで面倒なことになったものだ。途中、auショップでスマホの設定を見てもらい、雅恵もさぞかし残念がっているだろう、不安がっているだろうと心配しながら家路を急いだ。

ところが、玄関で出迎えた雅恵は、意外にも屈託なく笑ってこう言った。

「お疲れさま。こんなことって世の中にあるのね。でも、代わりがケアンズで良かったわ。とっても楽しみ」

そう、この明るさに、いつも私は救われるのだ。

「で、ヘロン島には、次いつ連れてってくれるの?」

そう、この無邪気さもいつもと全然同じだった。いつもと同じどころか25年前から変わらずだ。

思わず、いつかのマレーシアで、夜行バスで200kmの乗り過ごしをした時のことを思い出していた。

考えようによっては、火災がもう1日後ろへずれていたらグラッドスト-ンに着いたところで行き場を失い路頭に迷っていたろうし、さらにもう1日ずれていたら火事で焼け出されていた。そう思えば、これでも不幸中の幸いかもしれない。

こうして私はすっかり気を取り直し、翌朝、嬉々としてオーストラリアへと旅立つのであった。