丹生川町新張のギフチョウポイント消滅か?!


 旧丹生川村(現高山市丹生川町)新張はかねてからギフチョウの産地として知られ、おそらく90年代を中心にかなりの同好者が当地を訪れたことと思われる。そういう私自身は、人の多いところは嫌いなこともあり、当地を訪れる機会のないまま歳月が過ぎてしまった。一昨年、ふとしたきっかけで岐阜県内の自己未採集の市町村を順にクリアしていこうと思い立ち、旧丹生川村もその一つとして採集に訪れることとなる。2013年4月28日・29日の両日、私は初めて旧丹生川村を訪れ、新張のすぐ隣の町方でポイントを見つけてそれなりの成果をあげた。その時はすっかり満足し、もうこの地を訪れることはないような気がしていた。

 シーズンオフのある日、この時期の楽しみとして地形図を眺めながらめぼしい場所に鉛筆で印をつけていたとき、新張の地形がどうにも気になり始めた。私が見つけた町方のポイントよりも、隣の新張のほうがずっと大規模な産地なのではなかろうか。どうしてあの時、もっとこっちを探さなかったのか。そんな後悔が頭をもたげ始めていた。実際、最初に車を停めた時に、道の向こう側に良さそうな環境を見出しながら、道のこちら側で首尾よくポイントを見つけたために結局向こう側は探さずじまいに終わっていた。改めて地形図を眺めると、その探さなかった道の向こう側が、いかにも美味しそうに思えてくるから不思議だ。いわゆる「隣の芝生」というヤツだろうか。

 そんなわけで、今年、2014年4月19日に飛騨古川町でフライングを侵して行き場を失った時、心に引っ掛かっていた新張を覗いてみようと思い立った。飛騨古川町の低地がフライングなら高山市近郊もフライングに違いない。結局この日は1頭のギフも観ることはなかったが、期待通りというか期待以上にというか、お目当ての場所で広い範囲にカンアオイが自生しているのを見出した。この分なら時期と天気を当てれば、結構な数のギフチョウが観られるのではないだろうか。

 が、しかし、同時に見たくないものを見てしまった。現地に着く直前に工事現場を通ったとき、「中部縦貫道の工事みたいよ」雅恵がそう教えてくれたのを右から左へ聞き流していた。帰る頃になって工事のことが気になり、車を走らせて付近の様子を見に行った。工事はまだ始まったばかりと思われるが、すでにかなりの規模で大型の重機が多数投入され、山林を伐採し、ブルド-ザーが山を削っていた。そして、この日見つけたカンアオイ自生地のすぐそばまで工事は迫っていたのだ。

 帰宅後インターネットで中部縦貫道の建設予定地を調べたところ、丹生川町付近を通ることは分かったものの、なぜか詳細な路線予定図のようなものは見つからなかった。そこで、この4月26日・27日の土日を利用して再度現場へ赴き、本当にギフチョウが発生しているかどうかと、工事の詳細について把握しようと試みた。

 

 下の図1が工事現場に表示されていた施工箇所で、黄色の破線が中部縦貫道の本線計画線で、現在は緑の線の工事用道路をつくっているところらしい。ギフチョウに関しては、図2の緑色の楕円内でカンアオイの自生とギフチョウの飛翔が見られた。そして、本線計画線を図2に落とし込むと(黄色だと見にくいので赤の破線で示してある。)、ご覧のとおり、ズバリ発生地のすぐ喉元まで計画線が迫っていることが分かる。この地点で中部縦貫道がストップするわけはないし、ここで大きく迂回するとも考えにくいので、要するにポイントのど真ん中を通過することは残念ながらほぼ間違いない。

図1 工事現場の看板から
図1 施工箇所(工事事現場の看板から)
図2 中部縦貫道の計画線と新張のギフチョウポイント
図2 中部縦貫道の計画線と新張のギフチョウポイント

 道路は地図上では細い線に過ぎないが、高速道路ともなると実際の幅員よりはるか大幅に土地を造成することになるし、図1で分かるように本線をつくるための道路の部分も造成される。実際に高速道路が開通すれば、そこにはヒートアイランドならぬヒートラインが形成され、道路沿いに外来性生物が侵入してまたたく間にはびこる。仮に高速道路の脇に僅かにカンアオイ自生地が残されたとしても、乾燥化が進む土地にへばりつくように生えるカンアオイのさまは痛々しいばかりで、滅亡した遺跡を彷彿とさせるようなものになるのではないだろうか。

 以下は、そうした惨状を予想させるに十分な現場の様子である。

 

工事現場のようす(この日は日曜のため工事は休み)。

この広い道路は、高速道路本線ではなく本線をつくるための道路にすぎない。

 

 

無惨に伐採された斜面。

この斜面のすぐ向こう側に、ギフチョウのすみかはある。

 

 

ギフチョウの集まる小さな尾根。

木立という木立に何を意味するのか青いテープが巻きつけられており、テープには通番らしい数字が付してあった。

 

こちらには赤いテープが巻いてある。

写真では分かりにくいが、林内には測量の黄色い杭も多数打ち込まれていた。

 

 

ギフチョウの発生地に姿を見せたカモシカ。

工事が拡張すれば彼らもすみかを失う。

 

 

カンアオイ自生地。

緩やかな斜面の明るい雑木林の林床にカンアオイが自生している。

 

 

いたるところに見られたヒメカンアオイ。

 

 

 最後に、今回の調査で、個体数は自分が期待するほどは多くはなかったものの、それでも4月26日午前、27日午後の合わせて正味一日で、雅恵と二人で16♂を採集できた。新張の集落付近の桜は満開をやや過ぎようという頃で季節的には適期と感じたが、採集した16♂のうち14♂が極めて新鮮だったこと、発生地付近で午後も含めて粘ったにもかかわらず♀が全く観られなかったことから、もしかするとまだこれから本格的に発生する可能性もある。

 好天に恵まれた2日間、意外にも他の同好者の姿を見かけることはなかった。かつて大勢の同好者が熱心に通ったであろう彼の地で、当時全く関心を示さなかったこの私が、何の因果か彼の地の最期に立ち会ったかもしれないと思うと複雑な感情があった。そして、この情報を少しでも伝えなければならないという思いから、全く時間的な余裕のないこの時期に拙文を書き下ろした次第である。

(2014年4月29日)