2014年採集日記(中)


■ 4月19日(土) 飛騨市古川町と高山市丹生川町周辺のギフ(パート1)

 飛騨へ行こうか美濃にしようか迷ったこの日、無謀にも飛騨へ行ってしまった。昨年、雅恵が見つけた飛騨古川のポイントは発生がかなり早そうな気がしていて、平年で4月20日から25日頃の発生と勝手に決めた。それなら今日行かないと明日は雨なので、来週では遅い計算になる。前の晩に桜の開花情報を調べていて高山市内が「満開近し」だったため、最後はこれが飛騨行きの決め手となった。

 飛騨古川のポイントに着いた瞬間、後悔していた。明明白白なフライング。サイシンが芽吹いていないことだけ念のため確認して、僅か10分で転戦。次に、旧丹生川町新張へ来たがここも微妙にフライング。この日、確かに高山市街地の桜はほぼ満開だった。しかし、少し丘陵部に入ると目と鼻の先なのに様相が一変し、松之木町でちらほら咲き-5分咲き、丹生川町町方付近でちらほら咲きだった。

[記録]2014年4月19日(土) 同行者 雅恵

岐阜県飛騨市古川町某所 ギフ null

岐阜県高山市丹生川町新張・町方 ギフ null

 


■ 4月26日(土)・27日(日) 飛騨市古川町と高山市丹生川町周辺のギフ(パート2)

《高山市丹生川町》

滑って転んで、全身びしょ濡れ泥まみれ
滑って転んで、全身びしょ濡れ泥まみれ

 仕切り直しのこの日、丹生川町のポイントに着いて間もなくのこと。沢の上に、鉄板が渡してあるだけの小さな橋がかかっていた。橋の上には土砂と落ち葉が堆積し、前夜の雨でびっしょり濡れていた。いつも遠くにばかり視線をやって足元を見ない私は、橋を橋とも認識せず何気なく通りがかった。僅かに向こうへ傾斜している橋の上に足を置いたその瞬間、足元をスルーッとすくわれるのを感じた。為すすべもなくそのまま1mも滑って真後ろに背中から落ちると同時に、後頭部を鉄板の上にしこたま打ち付けた。ゴーンという音に、少し離れた場所にいた雅恵が驚いて飛んできた。やった瞬間はエラいことになったと思った。しかし、生来の石頭が幸いしたか、置いてあるだけの鉄板がかえって良かったのか、びしょ濡れの泥まみれになった以外は、かえって目が覚めた程度でどうってことなかった。写真では分かりづらいが、全身びしょ濡れ、ネットもびしょびしょ、すぐ車に着替えに戻った。しかし、これがコンクリートだったら救急車モノだったかもしれない。

 なお、現地の詳しい状況についてはすでに報告したので、そちらをご覧いただきたい。

 丹生川町新張のギフチョウポイント消滅か?!

《飛騨市古川町》

 今シーズンの楽しみのひとつに、飛騨古川の「雅恵ポイント」の再訪があった。昨シーズン、旧古川町を落とすのに四苦八苦している時に、雅恵が思いがけない場所でポイントを見つけてやっとの思いで2♀を採集できた。しかし、その時は明らかに時期が遅かったので、適期に再訪したいと考えていた。

 この日、今シーズン限りでポイントが消滅するかもしれない丹生川町新張を優先させたため、飛騨古川のポイント着が昼過ぎになった。とりあえず尾根に登ってはみたものの、暑いくらいのコンディションで何もいない。すぐに下って、昨年も採集した山裾のポイントで1ペア採集できた。♀が採れたとはいうものの、サイシンの芽吹き具合からはまだ出始めと思えるし、尾根にはいい感じの小径もあるので明日が楽しみだ。 

 そんな訳で翌日は朝から勇んで尾根に登る。ところが、天気もよく時期もバッチリのはずなのに、どうしたことか意外に低調で、かろうじて3♂採ったがそのうち1♂はまさかのポンポロ。1週間前に来た時にはやっと雪が解けてフキノトウが顔を出したばかりだったというのに、いったいこいつはいつ羽化したっていうのだろう。

[記録]

2014年4月26日(土) 同行者 雅恵

岐阜県高山市丹生川町新張 ギフ 10♂(内6♂雅恵採集)

岐阜県飛騨市古川町某所 ギフ 1♂1♀(内1♂雅恵採集)

2014年4月27日(日) 同行者 雅恵

岐阜県飛騨市古川町某所 ギフ 3♂(内1♂ボロリリース)

岐阜県高山市丹生川町新張 ギフ 6♂(内、4♂雅恵採集、1♂鳥食れリリース)

 


■ 5月3日(土・祝) 長野県栄村のギフ

 最新号のBUGに、K藤氏の北信のギフの記事が掲載されていた。これを読んだら久しぶりに北信が恋しくなって、ちょっと浮気して足を伸ばす。

 K藤氏の記事によればポイントは栄村の標高400m付近から650m付近まで点々とあるようで、どこかが適期だろうと気楽に出かけた。しかし、着いてみると下の方は明らかに時期的に遅く、上の方はまだ残雪がどっさりある。それなら真ん中が良かろうという訳だが、真ん中付近には耕作地が広がるばかりで気配もない。そもそも、飛騨では標高600-650mの丹生川町新張がすでに4月19日時点で雪など微塵もなく、4月26-27日には適期だった。それが栄村では、同じ標高で5月3日でまだ残雪だらけという、そのギャップに面食らう。どの辺りが適期かつかめずに、上へ下へと車で何度も往復して右往左往。「北信のギフはなぜボロをつかみやすいか?」 では散々薀蓄(うんちく)を垂れ、最後のまとめでは自ら「一般に、北信は飛騨よりも一層雪深い」と書いている。自分で書いといてこのザマはないだろう。結局、午後も遅めの時間にスレた♂をやっと採集し、かろうじてnullを免れるという情けなさ。あらためて、北信のギフは奥が深いなあ、というオチでこの場はお許しをいただくことにしよう。

[記録]2014年5月3日(土・祝) 同行者 雅恵

長野県下水内郡栄村常慶院 ギフ 1♂

 


■ 5月4日(日) 富山県立山山麓のギフ

 条件次第で北信で2日間やる予定だったが、サッパリのため富山へ流れてきた。立山の西麓にギフチョウでも知られる信仰の山、その名も来拝山(標高699m)というのがある。その南麓に国立立山青少年自然の家というのがあって、その前を車で上っていくと標高750m地点で尾根に出る。ここが本日の目的地で、車を停めて身支度をしているとそこらじゅう全部が絶好の環境に見える。日ごろ岐阜県内のチマチマしたポイントで採集しているせいか、あまりの環境の素晴らしさにどこからでもギフが湧いて出てきそうな錯覚に陥る。しかし、実際にはそんな夢みたいなことはあるはずもなくて、それどころか、来拝山の北側斜面に伸びる林道をかなり先まで歩いたが、全然ギフは出てこない。天気が良くてスギタニルリとコツバメは多く環境的にも文句ないと思うのだが、定番の北側斜面を探してもカンアオイさえ見つからなかった。

前長尾山山頂から望む大辻山
前長尾山山頂から望む大辻山

 あきらめて元の場所へ戻り、今度は東へ向かってピークを目指す。意外にきつい登りの途中、足元にカンアオイが自生しているのを、私の後ろを登っている雅恵が先に見つけた。どうやら足元までの距離が近い分、雅恵の方が有利らしい(単なる負け惜しみ)。

 ようやくカンアオイが見つかって、よし、いよいよこれからだ、と思ったまではよかったが、どうしたことか朝からあんなに良かった天気が、いつの間にか薄雲が広がり始めている。と思うが早いか、あっという間に完全に曇ってしまった。ピークに溜まっているのを期待していたが何もおらず、しばらく待っても天候は回復せず、全然上がってくる気配もない。今日は終日好天の予報だったので、1時間ほど他を攻めて道草を食っている間にこの仕打ち。変りやすきは女心と山の天気か…。あきらめて下る途中、雅恵がかろうじて1♂を仕留めてnullは免れた。

 しかし、このまま前日に続いてスミ1で終わるのも悲しい。午後1時過ぎ、朝から散々歩かされて疲れたという雅恵を車に残し、あきらめきれない私は一人で別の場所を探しに行く。少しだけ日照が戻った刹那に運良く4♂を追加して、何とか溜飲を下げることができた。

[記録]2014年5月4日(日) 同行者 雅恵

富山県中新川郡立山町前長尾山 ギフ 5♂(内、1♂雅恵採集、1♂ボロリリース)

 


■ 5月6日(火・祝) 旧上宝村荒原周辺のギフ(パート1)

 荒原には一見良さそうな高層湿原が広がっているが、どこをどう探してもカンアオイは見つからない。半端なく手強い産地という印象を持ち始めた昨年の探索の最後の最後に、閉鎖されているゴルフ場近くでやっとの思いでちっぽけなカンアオイ自生地を見つけ、この場所の再訪が今シーズンの最大の楽しみのひとつになっていた。

クマの糞にシデムシが来ていた。
クマの糞にシデムシが来ていた。

 なのにこの日の午前中は、とある有力情報を頼りに別の場所を探しに行った。しかし、結局何の成果もなく、昼ごろには昨年見つけたゴルフ場近くのカンアオイ自生地へ潜り込んでいた。トラップを仕掛け、昼食を食べながらしばらく待つ。ギフは来ない。いつものように雅恵を残して周辺へ探しに行く。しかし、ギフの姿はない。1年越しの恋人は遂に現れず。見つかったのはクマの糞だけだった。

僅かに残るヒメカンアオイ
僅かに残るヒメカンアオイ

 フライングだろうか。その可能性も完全には否定できないが、そもそもちっぽけな自生地で、こんな僅かな食草でギフが世代を繰り返していけるのか疑問が残る。自生地は2か所あり、片方はゴルフ場のグリーンから目と鼻の先なので、農薬の影響とかもあるかもしれない。

 

 この日はあきらめて、帰りに国府町のポイントに立ち寄る。2年前の下見で山あいに湿地が点在するのを見つけ、僅かながらカンアオイも確認し、いるならこの周辺と嗅ぎ取ったものの場所を特定できないでいた。何気なく立ち寄ったこの日、思いがけずそこには採集者がいた。そして何と、私が到着する直前にその場で1頭採集していた。午後2時半、ヒルトッピングから帰ってきた♂だったようだ。この採集者曰く、ここは非常に少ない場所で一日粘って1-2頭とのこと。元々、国府町は珍品なので1-2頭で何の文句もない。こうして、他力本願ながら、3年目にしてやっと確実なポイントを知ることができた。

[記録]2014年5月6日(火・祝) 同行者 雅恵

岐阜県高山市上宝町荒原 ギフ null

岐阜県高山市国府町 ギフ null

 


■ 5月10日(土) 旧上宝村荒原周辺のギフ(パート2)

 この日は天気も良さそうなので、迷わず4日前に見つけた(たまたま知った)国府町のポイントへ直行する。ところが前日までの寒気がまだ抜けきっておらず、朝のうちは雲が多めで冷たい強風が吹いていた。それでも少し日が差して暖かさを感じると、これに敏感に反応したギフチョウでなくて採集者がポツポツ姿を現し、私たち夫婦を含めて総勢6名になってしまった。皆さん寒いので車の中で待機していたようで、どうやら最後に着いた私たちが先にポイントを占拠してしまったらしい。仕方なく皆さんそれぞれ他の場所へ散っていかれた。

 ポイントを独占したとはいうものの強風は収まりそうにない。こんな場所で粘っていても退屈しそうなので、いつものようにその場を雅恵に任せて私も他へ散っていく。こんな日はとにかく風の当たらない場所を探すのが肝心と、周辺をかなり探し回った。行き着いた場所は、すり鉢状の地形であまり風が当たっていない。日あたりは良くて十分暖かさを感じる。時計を見ると11時半だった。とその時、一直線に私の方に向かってくるギフがいた。あんなに手強いと感じていた荒原のギフをゲットした瞬間だった。この瞬間、きっと感動に打ち震えるだろうと想像していたのに、他人様(ひとさま)からの情報を総動員して見つけたせいか意外と感動が湧いてこない。なんてことを考えている暇(いとま)もなく2頭目、3頭目、そして4頭目が10分ほどの間に次々飛んできた。この後10分ほど飛来が途絶えたために周辺を探しに行ったところ(荒原で10分飛んで来ないだけでもう辛抱できない、これが私の真骨頂!)、思いがけず1時間ほどで計11♂1♀の大成果となってしまった。しかも、3♂を除いて本日羽化のビカビカ個体。6日に既に発生していたことから鮮度を心配していたが、7日は好天だったものの、8-9日は寒気が入って発生が止まっていたため、どうやら残りがこの日どっと羽化したらしい。

 最初の1頭では意外に感動しなかったが、さすがにこの大成果には感動に打ち震えた。と同時に、なんだか自分だけ良い思いをしているようで少し後ろめたい気分になっていた。10分ほど姿を見なくなった時点でサッと切り上げ、雅恵の待っている元のポイントへ戻ったのが午後1時半ごろ。予想よりもまだかなり風が当たっていて、コンディション的には厳しいと思えた。聞くと11時20分に1頭見たがいきなり背後から出てきたため逃げられたという。背後にはいい感じの湿原がたたずんでいる。2年前に初めて来た時に真っ先に探して見つからなかった場所だが、念のためもう一度探しに行く。結果、やはりギフもカンアオイも見つからず、見つかったのはまたしてもクマの糞だけだった。それにしても、いきなり背後から出てきたのがクマでなくてギフで良かったよ。

[記録]2014年5月10日(土) 同行者 雅恵

岐阜県高山市上宝町荒原 ギフ 11♂1♀(内、2♂鳥食われリリース)

岐阜県高山市国府町 ギフ null

 


■ 5月11日(日) 旧上宝村荒原周辺のギフ(パート3)

 人間が決めた市町村境なんて、自然を相手にしている時にどうだっていいけれど、いちおう3年前から岐阜県の市町村集めをひとつの目標としてやり始めた関係上、馬鹿々々しいけれど市町村にこだわらざるを得ない。昨日私が採った場所は旧上宝村で、雅恵が1頭見たけれど採れなかった場所は国府町である。しかも国府町は極珍で、他に採れそうな場所を知らない。となれば、思いきり天気になりそうな今日は、昨日採れなかった国府町のポイントで採れるまで粘るほかない。

 車中泊のため朝が早く、8時過ぎにポイント着。昨日の強風が嘘のように快晴無風だが、冷え込みがきつくてまだ寒い。9時になって16-17℃まで気温が上がり、もう飛んでも良さそうだが飛ばない。昨日、冷たい強風の中を飛んでいたミヤマセセリさえ飛んでいない。9時半になって谷全体に日差しが当たるようになると、みるみる気温が上がってくる。ミヤマセセリも飛び始めた。一斉にギフチョウが活動を開始する時と感じたが、しかし、ギフは現れない。このままだとあっという間に気温が上がりすぎ状態になることは目に見えていた。

 9時45分。早くも辛抱できない私がいた。昨日のコンディションではダメだったが、今日なら絶好と思えるポイントが旧上宝村側にいくつかある。どうしてもそこを見に行きたい。こうして今日も今日とて雅恵をその場に残し、私だけお出かけ。そしてお目当ての場所に着いてすぐ、見込んだ通り2頭がもつれ飛ぶ現場に遭遇した。ほら見ろ、やっぱりこっちにはいる。しかし、1頭は仕留めたがもう1頭は地面に止まったのに振り逃がしてしまった。この振り逃がしが潮目となり、昨日から私に来ていた絶!好!調!の波が、このあと全部雅恵に行くことになろうとは…。

 その後、追加のないまま随分遠くまで来てしまっていた。10時34分、雅恵からのメールを着信。周辺は電波が悪くてほとんどアンテナが立っていなかったが、この時だけ運良く着信した。「採ったぞー」。やった! 遂にやった。遂に国府町を落としたぞ。いや待てよ、採ったのは雅恵であって私はまだ採っていない。いやいや、夫婦共同作業だから雅恵が採れば私が採ったも同じ、これでいいのだ。とは言うものの、やはり自分で採りたいのですぐ戻ることにする。しかし、随分遠くまで来ているのですぐには戻れない。しかも、戻る途中で不意に現れたギフを振り逃し、そのうえ逃げたギフを深追いしすぎてかなり時間をロスしてしまった。雅恵が待つ場所へやっと戻った時には、11時半になっていた。

 雅恵が山菜採りのおばさんと喋っていたので会話に加わり、3人で立ち話をしている時だった。林道上を真っ直ぐこちらに向かってくるギフにいち早く雅恵が気づき、「来たッ!」と叫ぶが早いかネット一閃、見事にキャッチ。見ると未交尾♀である。てっきり2頭目だと思って尋ねると、なんと5頭目! ちょっと待てよ。まさかそんなにいると思っていないので、これには驚いた。

私「そんなにいるなら、早く言えよ」

雅恵「だってメールが届かないんだもの。最初のメールですぐ戻って来ない方が悪いわよ」

 おっしゃるとおり。すぐに戻って来ないヤツが悪い。三角缶の中を見せてもらうと、悪い予感が的中して1♂4♀。未交尾は最後の1♀だけだが♂も含めて全部完品で、どうやらこれは採集圧がかかっている。まだ昼前だけれど、もう切り上げて帰ることにしよう。今日は母の日だし、コシアブラがズクズクに生えているのでこれをしこたま採って早めに帰り、夜は母を交えて3人で「天ぷらパーティー」をやろう。

 でも本音を言うと、自分自身で採っていないため後ろ髪を引かれていた。林道を少し戻りかけたところで、木の枝に吊るしてあった温度計を回収し忘れたことに気づき、私だけ取りに戻った。温度計を回収しながら、ここでひょっこりギフが現れたらすべて丸く収まるのになあ、と未練たらしく周りを見渡したが、そんなに虫の良い話はなかった。

まさか、こんな所に来るとは…
まさか、こんな所に来るとは…

 林道入口に停めた車に戻り、帰り支度をしていた。名古屋昆虫館の故岡田正哉氏の遺言「ネットは最後に仕舞うべし」を忠実に守り続けている私は、いつものように近くの木の枝にネットを引っ掛けておいた。カンカン照りのアスファルトの上を大きなヒキガエルがエッチラ、オッチラ横断しているのを見つけ、「バカだな、そんな所を歩いていると干からびちゃうぞ」と歩み寄ったその時だった。「来たッ!」背後で叫ぶ雅恵の声に振り返ると、私のネットにギフがまとわりついている。

「私よ、ギフよ。私だけ置いてかないで。私も連れてって」

 そう訴えるかのように私のネットの開口部にへばりついていた。横に立っていた雅恵が竿に手をのばし、ひょいと振って楽勝でゲット。

「そういえば、自分で採りたかったんだっけ。譲ってあげればよかったわね。ゴメンね」

 自分で採りたくて後ろ髪を引かれていた私の後頭部を、思いっきりぶん殴られたような、そんなダメ押しの一発であった。それにしても、雅恵の引きの強さたるや恐るべし。

[記録]2014年5月11日(日) 同行者 雅恵

岐阜県高山市上宝町荒原 ギフ 1♂

岐阜県高山市国府町 ギフ 1♂5♀雅恵採集(内、1♀未交尾)

 


■ 5月17日(土) 旧白鳥町石徹白のギフ

 石徹白では前年の同じ5月17日に和田山へ行ってフライングを犯し、午後から杉山の中腹へ登り直して新鮮な5♂を採集している。この時は季節がつかみづらく、和田山は何日程度フライングで、杉山は新鮮な♂が採れたものの本当に適期だったのかどうか、実は訳が分からないまま終わっていた。

 カレンダー上は同じ日でも、今年は昨年よりも残雪が少なく季節が進んでいることは間違いない。それが2-3日なのか4-5日なのか、それとももっとなのか、そのあたりの肝心の部分は毎週山へ行っているにも関わらず、正直、自信がない。この日は和田山か杉山か散々迷ったあげく、2年続けて同じ場所でフライングは嫌だ、という消極的理由によって杉山を選んだ。こういう物の考え方を世間では「マイナス思考」あるいは「負け犬根性」と呼ぶらしい。

 果たして杉山は、やはりというか結局というか完全に♀の季節で、その♀も2-3日飛んでいる感の個体が多かった。前年より上まで登ってはみたが、結局鮮度が悪いので正午には切り上げることにした。下ってくる途中、私がボロ♂をネットしてリリースしているすぐ横で、雅恵が採った個体が未交尾♀だという。こんなに♂がいっぱい飛んでいる中で未交尾♀って、よっぽど不細工で器量の悪い♀かと思いきや、羽化したての♀だった。時計を見ると12時30分。朝からよく晴れて、多少の朝の冷え込みはあったものの気温は十分に上がっていた。不思議に思いながら、もう少し下ったところで今度は私が羽化したての未交尾♀を採った。12時40分。地上40cmほどのクマザサの茂みで、パタパタッと飛んですぐ近くに止まった。まさしく蛹から這い出してきて羽を乾かしているところだったと思う。ギフチョウは他の蝶と比べると羽化に要する時間はかなり長いと言われているが、それでもその昔飼育をしていた経験から、30分程度でなんとか飛べる状態になったと記憶している。ということは、これらの個体は正午ごろに蛹から出たものと考えられる。こんなに遅い時間に羽化するとは思いもよらず、初めての経験と思う。辺りは深い杉の植林ながら間伐が行き届いているので、スポット状に光が林床に届いていてカンアオイが生育している。想像するに、たまたまその蛹がいた場所には午前中は日が当たらず、昼前ごろからスポットライトを浴び始めて羽化したのではないだろうか。

 さて、昨年は昼に和田山を下って午後1時から杉山へ登るという無茶をしたが、この日は仕事疲れと睡眠不足で朝から振り逃がし連発状態だったので、このままおとなしく帰ろうとしていた。着替えをしている時に近くをミヤマカラスアゲハが2度ほど飛んでいった。杉山の中腹のポイントと麓とは標高で150-250m程度の差があり、麓はすでに初夏のたたずまいである。車を発進して間もなく、前方で道を横切った蝶は紛れもなくギフチョウに見えた。車を停めてネット片手に探しに行くと、スミレに頭を突っ込んで吸蜜している。採ると、何と、なんと、ナント、本日羽化したと思われる極めて新鮮な♂であった。上から降りてきた個体としても、上では20頭以上ネットしたがこんな新鮮な♂はいなかった。石徹白は麓にサイシン食いがいると聞くが、下で発生したとするとこの季節のミスマッチはいったいどういうことか。そもそもこんな至近距離の別の個体群なんて、いたら奇跡だ。もしかすると、もう少し上で粘っていれば午後から羽化した個体が続々採れたっていうことか? たったの1頭で説明できるはずもないが、昨年に続いて石徹白のギフは謎が深まるばかりだ。

[記録]2014年5月17日(土) 同行者 雅恵

岐阜県白鳥市石徹白杉山中腹 ギフ 7♂7♀(内、3♂4♀雅恵採集)ほかリリース多数

岐阜県白鳥市石徹白杉山山麓 ギフ 1♂

 


■ 5月25日(日) 旧荘川村六厩のギフ

 人の多い場所の嫌いな私は、これまで六厩でまともに採集したことがない。何度か行ってはいるけれど、どこかのついでに立ち寄って、人の多さにしっぽを巻いて帰る、といったことの繰り返しである。

 この日の六厩の湿原は人数的には片手程度ながら、そこらじゅうにブルーポリのトラップを無数に張りまくっていて異様な光景を見せていた。これでは地元住民は気味悪がるに違いない。いくらなんでもやりすぎだぜ。こういう輩(やから)と同業者と思われたくないので、女滝へ移動したところなぜか誰もいない。一番良さそうな場所につつましやかにトラップを2枚だけ張って待つ。ギフは現れない。例によって雅恵を残して私が他へ探しに行ったところ、その間に雅恵が新鮮な2♀を採集。私自身は見もせず。

女滝の艶姿
女滝の艶姿

 これまでこの周辺で何度か採集していて、女滝という滝があることは知っていてもその姿を見たことがなかった。現れそうにないギフにすぐに飽きてしまって、一度滝でも見ておこうと思いたち、ポイントに雅恵を残して一人でぶらぶら歩いて行った。大した滝でないと言ってしまえばそれまでだが、その名のとおり女性的なイメージの美しい滝、と言えばとても美しい滝だと思う。

これって、一方通行?
これって、一方通行?

 六厩に早々に見切りをつけて、松ノ木峠方面と女滝の奥で何か所か探索したが、これといった場所を見い出せなかった。

 上小鳥川林道で、右の写真の道路標識を見つけた。どこからどう見ても「一方通行」にしか見えないのだが、 だとしたら、行ったが最期、戻って来られないってこと?

 この日、六厩へ向かう途中の蛭ヶ野周辺は完全に新緑の季節だった。松ノ木峠周辺も新緑の季節で、なのに、むしろ標高のやや低い六厩だけが取り残されたようにまだ新緑一歩手前というのは、実に不思議な気がする。一方で、六厩ではミヤマカラスアゲハが採れてしまったり、クロヒカゲなんぞがすでに発生していたり、エゾハルゼミが鳴いていたりと、不思議な六厩ワールドが広がっていた。

[記録]2014年5月17日(土) 同行者 雅恵

岐阜県荘川町六厩女滝 ギフ2♀雅恵採集、ミヤマカラスアゲハ 1♂